「………包帯を巻いて頭にナイフを刺した女子生徒?」

「うん。猫美ちゃんなら知ってるかと思って」

昼。
たまに昼食を一緒に食べようと十三組の教室に来る鍋島は、驚くほど十三組の教室に溶け込んでいた。
日之影はパンを買い忘れたため購買で買ってくると教室から出て行ってしまったのでここにはいない。

「いや、知らんなぁ…そんな子がクラスメイトに居たら流石にわかるし、先輩にもおらんかった気ぃするし、1年生ちゃうん?」

「かなぁ……」

「せやったら屋久島くんに訊いた方がわかるかもな。水泳部に1人、一年十一組の子おるし」

「ああ…えっと、鬼ヶ島くんだっけ?」

「種子島な。なんでそんなけったいな方に間違えるんや…」

鬼退治にでも行く気か、と鍋島は呆れたように突っ込むが、なまえは弁当の中身を口に運びながら少し何かを考えているようだった。

「せやけど、なまえが他人のこと知りたがるなんて珍しいなあ。そないに興味持ったんか?その包帯の子に」

「ううん。何かみんな私の名前知ってるから、私も名前知っておいて驚かせようと思って」

「ああ……そう」

単純すぎる理由に、期待していた鍋島はつまらなそうに呟く。

「せやけど……」

「ん?」

「いや、なんでもあらへん」

「そう?」

鍋島は、言おうとした言葉を慌てて飲み込んだ。
今の笑みが引きつっていなかったか不安になったが、なまえは特に何も疑問に持たずミニトマトを箸で掴もうと奮闘しているようだった。
なまえに気付かれないよう小さく溜息をつき、鍋島は自分の弁当を見下ろしながら別のことを考える。

「(確かに十一組には運動特化の天才じゃない奴もおる…それこそ、黒神真黒とは言わないまでも、他人を育てることに特化した奴が)」

しかし、と鍋島の表情が無意識のうちに曇った。

「(それは…なまえに言わんでもええはずや)」

黒神真黒。
去年まで、なまえたちと同じ十三組に在籍していた男子生徒である。
しかし、彼は去年の秋頃から学校へ登校してくることは止めていた。
登校義務が免除されている十三組が登校してこないということは至って普通のことであるが、それでも彼はちょこちょこ学校へ登校してきていたのだ。
それがなまえ目当てであったことは、鍋島の目からしてもあからさまである。
しかし彼はいなくなった。箱庭学園を、退学した。
そしてそのときから、十三組で彼の名前を聞くことは無くなった。
鍋島猫美は真黒となまえのあの件を知らない。
あの件はあのときあの場所に居た者と理事長達以外には知らされておらず、一年二組の件も有耶無耶になっているのだ。
しかしそれでも、この学園の全員は一年二組の件で思い知らされたのである。
十三組の、『異常すぎる存在』というものを。

「日之影くん、今日のパンは?」

「っ!?」

「よくわからん…適当にあったものを買ってきたからな」

「なんか、変な生き物の足とか見えてるけど……」

「まあ別に食べれるだろ」

「うわあ…」

考え事をしていたからか、それとも日之影の異常性のせいか、鍋島はなまえの声で日之影を認識し、驚いたように顔を勢い良く上げた。
なまえが言うとおり、日之影が持っているパンの1つは鍋島も見たことがないような生き物の足が入っていて、なんだかピクピクと未だ動いているような気がして自然と苦笑いが浮かぶ。
しかしそんなことはどうでもいいと、日之影はなんの躊躇いもなくそれを口に運んでいた。

「日之影くんこそ、飯塚くんのお世話になるべきだよね…」

「飯塚?」

「あ、そうや。生徒会長さんなら知っとるんちゃう?」

「何がだ?」

なまえと鍋島の言葉に日之影は首を左右に傾げ、パンを食べようと開けていた口をゆっくりと閉じる。

「多分一年生なんやけど、十一組の包帯を顔に巻いて頭にナイフ刺しとる女の子」

「ああ。名瀬夭歌だな」

「即答……」

考える素振りも見せなかった日之影に、なまえと鍋島は驚いたように日之影を見つめた。
しかも、確かに一年十一組だ、と続けるものだから、弁当を食べる手も止めて唖然としている。
そんな二人を見て、日之影は少し優しそうな笑みを浮かべた。

「これでも生徒会長だぜ。全校生徒の名前くらいは憶えてる」

「生徒会長って凄いんやなあ…」

「全校生徒って…規模が大きすぎるよ」

「だけど、直接の関わりは無いに等しいからな。名前と顔や在籍クラスぐらいしか俺はわからない。で?その一年生がどうかしたのか?」

「名前を知っておいてビックリさせるんだ!」

「………………?」

「ああ…ほんまにそれだけの理由みたいやで。気にするだけ無駄や」

元気に理由を言い放ったなまえに、日之影の頭の上にはクエスチョンマークが出ている。
鍋島がそのクエスチョンマークを消し去ろうと腕を横に振っていたが、なまえは一年生の名前を知れて満足そうに弁当を食べ続けていた。

「まあ、その子に会いたいんなら直接十一組に行くしか無いやろな…ついてこか?」

「うん?大丈夫だよ。迷子になんてならないから」

「いや……そうやなくて」

先ほどの考えを思い出し、鍋島の言葉が濁る。

「まあ、ええわ。なんかあったら遠慮せず言い。柔道場におるしな」

「じゃあその卵焼きちょうだい!」

「そういうことやあらへんがな!!」

なまえが伸ばした箸から逃れるように、慌てて鍋島は自分の弁当に入っていた卵焼きを口に放りこんだ。
「ああー」というなまえの残念そうな声が隣から聞こえたが、自分も先ほど卵焼きを食べていただろうとそれに対して何も言わない。

「そういえば、日之影くんって天井歩ける?」

「は?」

「え!なんや!十三組ってそんなことも出来るんかいな」

「俺の体格でそんなことが出来るわけないだろ…」

壁を歩くならまだしもな、と日之影は溜息をついた。

「壁歩けるんかいな…」

「いや、少なくとも俺は出来ない。助走をつけて走ろうとしたとこで、壁の方が壊れる」

「私、どっちも出来ないよ…」

「あんたが天井からぶら下がってたりしたらホラーやから絶対やめてな」

鍋島は、なまえの肩に手を置いて本気でやめろと言ってきた。
その前になまえにはそんなことは出来ないので、鍋島は安心して弁当の続きを食べることが出来るだろう。

「猫美ちゃんも出来ないの?」

「普通出来へんて。なんのための重力や思っとんねん」

「歩いてみたいのか?」

「どっちかというと、水の上歩いてみたい。屋久島くんとか歩けるかな」

「もし歩けてたら十一組にはおらんと思うで」

プールの上を歩く屋久島を想像したらしく、鍋島は頭をブンブンと思いっきり横に振ってその想像を頭から消した。

人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -