月が笑う夜に、火花が散る。
まるであの夜のようだった。あのとき私は見ているしかなかったが、今回は違う、とマリーはシュタインと共鳴しながら、そしてジャスティンと戦いながら、どこかで冷静に考えていた。
鬼神阿修羅が復活し、ナマエが死神を殺そうとしたあの夜。

「動きが鈍いようですね」

「ッ!」

シュタインの脇腹を、鋭い刃が掠める。
マリーとの共鳴で身体能力が上がっているとはいうものの、狂気を受け入れたジャスティンにはあと一歩の差で届かない。
それをシュタインも理解しているようで、次に繰り出す攻撃で深く追おうとはしなかった。

「………………………」

シュタインに思い出す夜はない。
この場にスピリットがいたらそんな夜もあったのかもしれないが、シュタインは何も考えなかった。
狂気を完全に追い出せたわけではない。
前のように操られはしないが、気を抜けば、目の前の狂気に全てを持って行かれる気がして。

「そうですね。時間はあれどあなた方に割く時間などありませんから。さっさと終わりにしましょう」

そう、口を挟んだのは今までこの状況を静かに見ていたノア。
その手にある本を楽しそうに見下ろす。
シュタインとジャスティンの攻防を見ていたテスカたちも、一気にそちらを警戒した。
ノアが口を開く。その口から発せられるは、魔術でも力でも無く言語化できない謎のまじない。
現れ出でるは―――彼らの敵。

「…………………?」

しかし、テスカは首を傾げた。
確かに力強い敵は姿を現した。人でも無く動物でも無い見た目は、まるで化け物。
だが――――それだけではない。
本からまだ、その化け物に続いて何かが出てこようとしている。

「うわっ」

「いってえ!」

聞き覚えのある声。
音楽を聴いているジャスティンの耳には届かなかったが、シュタインはそんな彼らの声を聞いて少しだけ胸を撫で下ろす。
生徒は生きている。それならば、自分たちが彼らを助けなければならない。

「おや。オマケがついてきてしまったようだ」

「ッ!!」

ノアの言葉に、今の状況を理解したようでソウルたちが慌ててノアが出した敵と距離を置く。
そして後ろを振り返り、ジャスティンやシュタインたちがいることも把握した。

「なにこれ…どういう状況!?」

「ここは俺たちに任せて早く下がるんだ」

「それは」

できない、と本の中での出来事を説明しようとしたソウルの言葉は、ノアの盛大なため息に止められる。
やれやれといった風に首を横に振っているノアに、全員の警戒が向いた。

「まあ…本から出てしまったのが彼らだけならまだ良かったんですがね」

ノアが、困ったような笑みを浮かべる。
視線の先には―――ぼんやりとした表情を浮かべるナマエの姿。
いつの間にそこにいたのだと、シュタインたちは驚いたように目を見開く。

「………………………」

テスカが声をかけようとして、躊躇う。
誰もがナマエの手にあるものに目を奪われた。
チェーンソ――――死武専の敵であるはずのギリコ。
それをどうしてナマエが持っていて、それでどうして共鳴しているのか。
ある1つの答えを導き出そうとして、それは早計だとテスカは首を横に振った。

「魂自体が"空"ということはその魂に決まった形はない…やはりそんなあなたを本にずっとコレクトすることは出来ませんでしたか」

そうは言うが、ノアはあまり残念そうにしていない。
むしろ、こうして再び魂の共鳴をしている"神の子"を見て、喜んでいるようにも見られた。

「ナマエさん」

ジャスティンが、少女の名を呼ぶ。
しかしナマエはそちらを見ようともしていなかった。

「ねえ、シュタイン」

ナマエの目には、ジャスティンとの戦闘でボロボロになったシュタインの姿だけ。

「私は……どうすればいい?」

手にはチェーンソー。共鳴する魂。ブラック☆スターによってつけられた傷。困惑を隠せていない目。
シュタインは。否、その場にいる全員が、ナマエに何も訊かなかった。
ブラック☆スターたちはまだしも、本の中での状況を一切知らぬマリーたちも。
盛大に場違いなため息をついたのは、フランケン・シュタイン。

「"どうすればいい"って、お前な…それを俺に訊くか?」

長い沈黙のあと、シュタインは盛大にため息を吐く。
ナマエはじっとシュタインの返事を待っていた。
シュタインはどうしたものかと視線を逸らしたが、諦めたように口を開く。

「俺は……」

いや、と首を横に振って。

「俺がお前を殺す。そうするしか、ないだろ」

それは結論と言うよりも、残されたただ一つの選択肢。

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