【何故力を得ようとしない】

力は問う。

「私が欲しいものはそれじゃない」

ナマエが答える。

【ならば何を欲する。力を失った弱き者よ】

「……失ったものを」

ひんやりとした感触に、ブラック☆スターは驚いて足元を見た。
見下ろした時には既にその冷たさは腰元まで到達しており、これが水であることを認識する。
それは遠慮も無くどんどんとカサを増していき、ついにはブラック☆スターの頭上までせりあがった。
しかし、息苦しいと感じることも無い。
水の中にいるというだけで、息はできるようだった。
これも狂気の見せる幻覚だろうか―――口元から出ていく泡を目で追うと、それは音も無く闇に吸いこまれる。

     ・・・
「――――神狩り」

と。
その名を呼んだのは、狂気でもなんでもない。
ブラック☆スターの横にいる、キッドの声だった。

「貴様は危険だ」

確かに、キッドだった。
しかしその凛々しかった風貌は一転、闇のように不気味なものになり、視線も気配も声でさえも、なにもかもが冷たかった。
湧き出る戦意。溢れ出る敵意。
それらがすべてナマエに向けられているものだと知り、ブラック☆スターは慌ててナマエへ視線を戻す。

    ・・・・・
「………死神の息子」

それは、隣に立つキッドのこと。

「あなたが"脅威"であることは百も承知。あの死神の息子なのだから――それは当り前のこと」

ナマエはブラック☆スターとは違い、キッドの不気味さを、力を肯定していた。
死神の息子だからこそ。父に死神をもつ彼だからこそ。ナマエは初めから、キッドは脅威だと認識していた。
だから、キッドが自分の敵にはならないよう仲良くなろうとした。もし脅威である彼が敵になってしまえば、自分は自分の安全を守るため、彼を排除しなくてはいけなくなる。

「おいキッド!わざわざ普段読みもしない本の中まで来たんだ。さっさとナマエを連れて出ようぜこんなトコ…」

チラリ、とブラック☆スターは横を見やる。
ユラ、と揺れるキッドの視線の先にはナマエしかおらず、酷く呼吸の数が少ないと、ブラック☆スターは何故か背筋に寒気を感じた。

「これから『無』をつくる俺にとって、神狩りの存在は大きすぎる」

だから、とキッドが動く。

「消えてもらう」

「!」

地面を蹴ったわけでも壁を蹴ったわけでもない。
それでも、キッドの身体はナマエへと向かっていた。

「キッド!!」

しかし、ブラック☆スターはそれよりも速い。
ナマエとキッドの間に入り、あの夜のキッドのように、彼の攻撃を両手で受け止めた。
あの夜のときとは各々の立ち位置が変わっているが、そんなことを気にしている場合ではない。
ブラック☆スターはキッドの攻撃を受け止めたものの、その勢いを殺すことはできず後ろにふっ飛ばされた。

「息はできる…その場の静止もできる…でも移動は水中の感覚…」

やりにくいな、とそんな環境にすら既に適応したらしいキッドを見上げる。

「ブラック☆スター。どういうつもりだ」

「それはこっちの台詞だ!ナマエを連れて戻るんじゃなかったのかよ!?」

「そいつのような脅威を―――大きすぎる存在をこのまま放っておけと?」

ブラック☆スターの問いかけも耳を傾けるつもりはないようで、キッドはユラユラとナマエを見下ろしていた。
ブラック☆スターはそんなキッドを見上げ、どうしたものかと考えたが、考えても埒があかないと右手に魂をこめる。

「くそ…どいつもこいつも世話のかかる!」

魂威!、とブラック☆スターの手から魂の波長が形となり、キッドへ放たれた。
しかし当然、キッドはそのスピードに反応し、避けようとする。
が―――それは急所を外したものの、キッドに見事命中した。
どうやら空気中より水の方が魂の波長のエネルギーが伝わりやすいようで、ブラック☆スターはその目に見える波長に「ビームみたいだ」とはしゃいでいる。

【お前の求める力はなんだ】

再び、闇が問う。
キッドは静かにその闇を見ていた。ブラック☆スターは自身の中から湧き出る力を握りしめていた。
ナマエは、そんなブラック☆スターを複雑な表情で見つめている。
しかし、ナマエの前に立つブラック☆スターにそれは見えていない。

「何だよ…つまらねェ問いかけだな。だから本は嫌いなんだよ」

そう、問いかけに答えたのはブラック☆スター。

「俺にとって"力"は何だとかどうでもいい…俺はただ誰にも負けたくないだけだ…どんな相手だろうとなぎ倒す。"力"にくだらない説明なんていらねェ。」

ブラック☆スターの瞳に、星が宿る。

「俺にとって"力"が"力"だ」

そうしてブラック☆スターは、キッドと同様に、その力を受け入れる。狂気と同調する。
ナマエは重ねた。彼を、昔殺した彼と。
彼もその目に星を宿していた。暗く狂気に満ちた、闇のような星を。
目の前の彼はどうだろう、とキッドに向かっていくブラック☆スターを、他人事のように見つめていた。

「相手が神であろうと関係ねェ!ひゃは!全部はっ倒す!!」

「フン。単純な奴だな…」

「シンプル・イズ・ビッグって知らねェのか?」

「それを言うならベストだ!!」

キッドの拳と、ブラック☆スターの拳がぶつかりあう。
その反動で二人は再び距離を置き、向かい合う。

「ベストでもビッグでも今更どちらでもいいさ。しょせんすべて境界のない左右一体の"無"にしてしまうのだからな…」

「ああ!?何…?」

「俺には"規律"がある…お前のような雑な"力"ではない」

「結果が同じなら過程なんて意味がないぜ」

「違う!!」

「違わねェよ」

キッドの雰囲気が変わる。
これぞ死神体術―――『狂罪』の構え。
瞬間、キッドの髪に存在する白のラインが一本、円を描き、繋がった。

「(あれは………)」

ナマエはそんなキッドに目を見開く。
キッドの動きは断然早くなる。力の重さも技のキレも何もかもが格段に上がっている。
ブラック☆スターに成す術は無い。ズパン、と水の中をぶっ飛ばされ、そびえ立つ崖のような岩壁に叩きつけられた。
しかし―――ブラック☆スターは笑っていた。その口元に狂気を浮かべていた。目に浮かぶ星はその狂気を喜ぶように、ギラギラと光っていて。

「"シンメト""シンメト"うるせェ奴だと思ってたら
今度は"無""無"かよ…だけど"シンメト"はいいが"無"は気に入らねェんだよ…」

「……………………」

「"無"の力で相手を"無"にかえして―――…お前は何も感じないのか?そこも"無"の感情か?」

「そうだ」

「…乗り越えた相手に何の感情も残さない……やっぱ気にいらねェな…」

ブラック☆スターが壁を蹴る。
先程よりも、ブラック☆スターの威力とスピードはあがっていた。
キッドもそれに対抗する。
多くのダメージを受けているのはブラック☆スターだった。それでも、そんなことはどうでもいいといったようにブラック☆スターはその星で目の前の死神の息子を見下ろした。

「それならお前も…すべてをなぎ倒す究極の"力"を手に入れて何がしたいんだ…手に入れた後…何が残るんだ…」

「うるせェ知るか…そんなもん最強になってから考える」

死神の息子すらも倒せない今の自分は最強ではないと、ブラック☆スターは力を求めながらも確信している。
彼は強い。友人と言う贔屓目を除いたとしても、"神"というものの力は凄まじい。否、これは彼の努力の結晶なのかもしれないが、その"力"を超えるつもりでいるブラック☆スターにはどちらでも良かった。

「だけどな…これだけは言える―――…今のお前は神の器じゃねェ…」

「俺は死神だ。器もクソもあるか…」

「……………………」

似ている、とナマエはキッドを眺めながら狂気の闇を思い出す。
規律を司る彼にも。そして、恐怖に怯える彼にも。
キッドならばどちらにでもなれる。だからこそ、彼がどちらを選ぶのかが気になった。
しかし―――と、ナマエの視線は再びブラック☆スターへと。

「ああ!そうだな…今のお前はただの神だ」

「何!?何が言いたい」

「お前はただの神様からへこんでどうしようもないダメ人間にもなれる。そこがお前のすげェいい所だったんだろ。俺がとち狂って死神のお前に死を望んだ…でもお前はぶん殴って生かしてくれた」

「ぶん殴ってはいない。『かかと』を入れたんだ」

「そうだ…キッドはそういう細かい奴なんだよ。死神のダンナが言ってたぜ…死神は生物の"死"と"生"を司るってな」

「…………………」

「左右一体の"無"なんてエラそうに言ったトコロで、バランスとかめんどくせェからまっさらでいいやって諦めてるだけだろ。そんなもの、究極でもなんでもねェよ」

闇が、晴れる。
蔓延していたはずの狂気は消え失せ、そこに残るは狂気に飲まれない二人と、狂気を受け入れないナマエ。そして、狂気自身である"力"だけ。

「俺は最強になるために狂気の力を使うかもしれない…でも、それに負けたりはしねェ。いちいち狂気にのまれる最強なんて笑えるからな」

ブラック☆スターの瞳に、もう星は存在しない。
ナマエのところからではブラック☆スターの横顔しか見えなかったが、それを見るには十分だった。
キッドは口を開かない。

「俺は見つけたぜ…究極の力を手に入れ、何がしたいか」

瞬間、光の差すそこへ、闇が再び姿を現す。
"力"を司る狂気―――"力"そのもの。

【お前達が出した"力"の答えを聞かせてもらおうか】

狂気は再び問う。
しかし彼がその問いの答えを聞くことは叶わない。
キッドの頬を、水の波動が撫でた。

「っ!!?」

瞬間、ブラック☆スターの姿が視界から消える。
次いで、先ほどブラック☆スターが叩きつけられた壁に、再び大きなクレーターが出来た。
砂埃と気泡が溢れ出るそこにいるのは、今までキッドの目の前にいた、ブラック☆スター。
そして、そのブラック☆スターを吹き飛ばした人物は―――1人しかいない。

「ナマエ……」

「シドがもし間違ってたとしたら」

いつの間にか、そこにいた。
キッドの前に。ブラック☆スターが立っていた場所に。
ナマエはじっと、ブラック☆スターを見下ろしている。

「私はあなたを殺さなくちゃいけない。ブラック☆スター」

「……殺…なに……?」

勿論、ブラック☆スターは今の一撃くらいではやられていない。
先ほどと同じように再び立ち上がり、今度はキッドではなくナマエを見上げた。

「私はあなたを殺さなかった。シドがそれを望んだから。あなたは他の星族のようにはならないと、シドがそう言ったから」

「星族…」

「ブラック☆スター。あなたは私の脅威にならないはず」

だから、とナマエは再び彼の名を呼ぶ。

「ブラック☆スター。あなたが私よりも弱いことを証明して」

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