暗い部屋で、それは浮かび上がる。
床に描かれた魔法陣。
その陣に込められた想いも、意図も、常人には理解出来ない。
ただ、正確に東西南北の四方へと座り、陣を見つめる四人の女にはそれが意味する結果を知っていた。
その女の一人―――カエルの魔女であるエルカは、自身の首につけられた黒い首輪を不安そうに見下ろす。

「計算を始めて下さい。サポートします」

「おかしな行動をとったら首輪が爆発しますよ…」

そう、死武専生であるオックスとハーバーは感情の篭っていない声音で説明した。
エルカを含めた魔女4人は、敵であるはずの死武専のために魔術を行使しようとしている。
ことの始まりは数時間前。
メデューサと行動を共にしていたはずのエルカは逃げ遅れ、死武専生であるブラック☆スターに捕まり、死神の元へと連れてこられていた。
元より死武専生であるキムは自分の意思で彼らに力を貸している。
そして残りの二人、リサとアリサはキャバクラで働いていたアラクネの仲間であったが、既に魔女とバレていたため死武専へ連行されていた。

「いざ、エイボンの書の中へ…」

魔法陣の中心に置かれているエイボンの書の中へ入るため、この4人は集められているのだ。
このエイボンの書は元々死武専の図書室にあったもので、マカがこっそりと持ち出していたものである。
"M"とだけ書かれていたサインを見てほとんどが"メデューサ"であると考えていたものの、マカに職員証を貸したスピリットがまさか、と問いただしたところ、事実が判明した。
そして、そのエイボンの書を使い、マカ達はナマエを助けに行こうとしている。

「演算魔法開始…オックス君…計算を始めて……」

空気が軋む。
彼女達から溢れ出る魔力が、一点へと収斂する。

「座標の割り出しを。アホの娘三人は私の魔力のサポートを」

「アホ…」

「うぃ〜す」

詠唱が始まる。
伸び上がり、連なり、絡みつく。
魔力の斉唱。
魔女である彼女達の誇る儀式魔術。

「カエロッグフロエル――ゲコエルフロッグ…魔道師ルルネ・デカルトの唱列に縛られよ。マジックカリキュレーション!」


4人の魔女から、魔法陣から、光と影が空へと伸びる。
それは、崇高なる『魔力』がエイボンの書へと影響をもたらす印。

「1、2、…4、…10、…魔道書のページ解析クリア。放射トラバース…逆放射ハラバース…試算…解答――魔力、70MGを維持…65…68…71……いいわ、そんな感じ…」


「(ナマエ……)」

ブラック☆スターは、じっとエイボンの書を見下ろした。

「ソウル、マカ、ブラック☆スター、椿、キッド、リズ、パティ、キリク、ファイア、サンダー…準備はできましたか?」

シュタインの問いかけに、彼らはただ静かに一度だけ首を縦に振る。
シュタインは最後まで―――否、今もナマエを助けに行くというマカ達の行動に心の底から賛同しているわけではなかった。
しかし、彼女達をいくら説得しても無駄だということも理解している。

「(ナマエ………)」

ギリッ、と唇を噛み、シュタインは俯いたまま言葉を続ける。

「ブレア…あなたはこちら側と魔道書内の空間を結ぶトランシーバー的な役目になってもらいますよ」

「……………………」

「ブレア?」

「……わかってるよ〜〜」

ブレアはシュタインを猫の姿のまま見上げると、ふいっと顔を背けた。
目線の先は、キッドの足元で静かに魔法陣を見つめているノイズへと。

「アルファー、ブラボー、チャーリー、その他各ポイントオールクリア!」

「こっちも準備OKよ」

「みんな、本の前に並んで!」

キムの合図で、魔法陣の周りで彼女達の儀式魔術を見ていたマカ達がゆっくりと魔法陣へと足を踏み入れる。
エイボンの書を取り囲むように彼女たちは並び、魔力の中心を見下ろした。

「ダイブ開始!」












「ここは……エイボンの書の……」

ナマエは真白い空間で、意識を取り戻す。
上を見上げようがどこを見渡そうが、ここにあるのは白い空間と蠢くたくさんの文字だけ。

「!」

ぞくり、と背筋を絶望がなぞる。
足元。の、その先。
自分の存在のずっと下に、ソレはいた。

「この波長……まさか…!」

手を伸ばしかけて、やめる。
少しでも距離を取ろうと後ろに下がろうとして。

「っ―――!」

ソレはいつの間にか目の前に現れていた。
こちらを覆いつくさんとばかりに、こちらを飲み込まんとばかりに、それは大きく底なしの。

「阿修羅……いや…違う……」

ナマエは色を失う。
白の空間は狂気に飲まれ、黒い文字は闇に歪む。
神というよりも絶望。
闇というよりも狂気。

【わかるか?神狩り】

直接魂に語りかけられているようなそれに、ナマエは息を短く吸う。

【俺を阿修羅と重ねるか?奴も俺と同じ旧支配者――――…そしてあの死神もな…】

「旧支配者……死神と八武衆………」

【そうだ…三人は阿修羅に食われ、今残っているのは…俺を入れて…死神…阿修羅…エイボン…それとお前も知ってるあと一人…】

ナマエの色が、狂気に染まる。

【俺は貴様と同じ。誰の味方でも何者でもない】

規律。知恵。力。怒り。恐怖。
旧支配者。
それは、人を狂気に落とす存在。

「今の私には"ナマエ"という名がある」

【"名"など飾り―――そんなものは必要ない】

狂気が、闇が、絶望が。
ナマエを飲み込まんと、押し寄せてくる。
既にこの空間に、ソレ以外のものは存在しなかった。

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