「あ」

小さく声を零したのは、睨みあう二人ではなくそんな二人をぼんやりと見上げていたナマエだった。
そんな小さな声にも反応したらしいジャスティンは何事かとナマエの方を向き、次いで、ナマエの視線の先にいる男へと視線を戻す。
怒鳴り声が聞こえたと思えば、次の瞬間散った火花。それがこの部屋に入ってきた男と目の前にいたジャスティンが身体の一部を武器にしてぶつかった音だということは、部屋の中にいたナマエにはすぐわかった。

「どうかしました?ナマエさん」

「え…ううん。なんでもない」

ジャスティンの疑問にナマエは横に首を振る。
勿論なんでもないわけが無いのだが、別に言う必要もないだろうと同じくこちらをチラリとだけ見た男へ視線を戻した。

「(いびきかいて寝てた奴……)」

思い出すはババ・ヤガーの城。
あの城にノイズの力で侵入したあと、一番最初に出会った敵――――それが、こうして目の前でジャスティンと対峙している現実に、ナマエは眉間に皺が寄るのがわかった。

「……………………」

死神の言うとおり『生徒を助けるため』に動いたので、寝ていたこの男はそのまま放置した。
しかしそれがこんな形で目の前に立ちはだかろうとは思ってもみない。それに、この男を放置したのが良いことだったのか悪いことだったのかは―――まだ、わからない。

「ジャスティン、とりあえずこの手錠外してくれない?」

「え?」

仲が悪そうな二人に苦笑いを零しながら、ナマエは近くにいたジャスティンの方へと声をかける。
ナマエの手首を拘束している手錠をジャスティンに見えるように腕をあげれば、その手錠から壁へ伸びる鎖がジャラ、と冷たい音を鳴らした。
そんなナマエを驚いたように見つめるジャスティンに、ナマエはゆっくりと首を傾げる。

「外して…って、ナマエさん。それ、外せないんですか?」

「"そういう"魔道具なんだと思うよ。とりあえず、自力では無理そう」

「……………………」

ナマエのその言葉が予想外だったのか、ジャスティンはしばらく無言のままナマエを見下ろしていた。
男―――ギリコも、そんなジャスティンがどう出るのかが気になるのだろう。チェーンソーの刃を動かすのをやめ、あげていた足を下ろして鎖に繋がれるナマエをじっと見つめる。

「まったく、仕方ありませんね」

はあ、と小さく溜息をつくものの、ジャスティンの笑みにはこれでもかと言った笑顔が浮かんでいた。
恐らくギリコがジャスティンの背中でなく顔を見ていたらトラウマになるであろうそれに、ナマエは背に腹は変えられないと溜息をつこうとして、やめる。

「っておい!何しようとしてんだ!!」

「え?見てわからないんですか?手錠を壊そうとしてるんですよ」

「アホかテメェ」

いつの間にか腕を武器へと変えていたジャスティンが、何を言っているんだ、といった表情でギリコを振り返った。
その表情はこちらが浮かべるものだろう、とギリコは呆れたように言葉の続きを口にする。

「わざわざせっかく捕まえた奴を無条件に逃がしてどーすんだよ。つーかダメだろ。ノアに叱られんぞ」

「しかしナマエさんの頼みとあっては断るわけにもいきませんよ?」

「『いきませんよ?』ってなんでそれが当然みてぇになってんだよ!」

相手をするのが疲れるとでもいうように、再びギリコの怒りが沸点に達した。
ジャスティンと同じくらいの爆音でチェーンソーの刃が唸り、喧嘩を買われる準備は出来たとでもいうようにギリコがジャスティンを睨み上げる。
しかしジャスティンはそれどころではないのか、再びナマエのほうへと向き直った。

「無視してんじゃねぇぞ!!」

ガキンッ、と鋭くも重い音。
ジャスティンの刃と、ギリコの刃が火花を散らしながらナマエの目の前で攻防を続ける。
ナマエはじっとその様子を見ていたが―――ゆっくりと、その口を開いて。

「魂の――――」

「ナマエさんっ!!」

「っ!!」

ナマエが言葉を零した瞬間だった。
驚いたようにこちらを見たジャスティンとナマエの視線がぶつかりあうのと、ナマエの首筋に冷たいものが当たるのはほぼ同時だった。
眉間に皺を寄せたのは――――ギリコの方。

「おい…一体テメェは何してやがる………ジャスティン」

チェーンソーの刃が、動きを止める。
ナマエとギリコの間に立ちはだかるように存在しているジャスティンは、既にギリコを視界に入れていない。
というよりも、入れないようにしているようだった。
そして、ギリコに完全に背を向けているジャスティンの視線の先には、勿論ナマエが存在する。
しかしそのナマエの首を切り落とそうと、不気味なギロチンが出現していて。
ナマエはじっと動かず、口を開こうともせず、首に微かに当たる冷たい刃に神経を集中させていた。

「『何してやがる』…?それは、私の台詞ですよ。ナマエさん、あなた…今、何をしようとしたんですか?」

「っ………………」

「まさか…まさかとは思いますけど、私というものがありながら、この男と"魂の共鳴"をしようとしたわけじゃありませんよね?そうでしょう?」

「はあ…?何言ってんだお前……?」

ジャスティンの言葉に、口を開いたのはそんな言葉を聞いていたギリコ。
こちらに完全に背を向けているジャスティンを襲う気はないのか、だるそうに足を下げ、疑問の続きを口にした。

「『魂の共鳴』なんて、ついさっき会ったばっかりの俺とコイツが出来るわけねーだろ。それに俺は生憎、誰かと波長が合うような武器じゃないんでね」

残念だったな、という意味合いを込めたのか、ジャスティンは未だ首が切断される危機にあるナマエへ笑みを送る。
しかし、ジャスティンは振り返らない。

 ・・・・・・・・・・・・・・
「そんなことは関係ありませんよ」

「は?」

「波長の合う合わないが関係無かったのは昔の話です。今のナマエさんには、"波長"そのものが関係無い」

静かに音も無く、ナマエの首を狙っていたギロチンが消える。
ナマエは静かに息を吐き、血が出ていないかどうかを首の後ろを軽く触れて確認した。
どうやら髪が数本切れただけで済んだらしい。
未だにこちらをじっと見下ろすジャスティンへ視線を送るかどうか、少しだけ悩んだ。

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -