シュタインの言葉に、その場にいる全員が息を止めた。
仲間殺しは重罪。それは、死んでないとはいえB・Jの件で痛いほどに理解している。
パートナー殺し。それもまた、忘れることなど出来ない事実。
「俺は別にずっと1人でいたわけじゃない。まあ決まったパートナーというのもいたわけじゃないが、何人か組んで戦ったことのある奴はいる。彼はその1人だった」
「彼…………?」
「好奇心旺盛な奴でね。そいつも色んな職人と組んで戦ってた。それに俺は少しだけ波長が合いにくかったから頻繁に組んでいたわけじゃない」
「…………………」
シュタイン、ともう1度名前を呼ぼうとして、やめる。
未だ困惑した表情を浮かべているマカ達を見渡せば、神妙な面持ちをしたキッドと目が合った。
しまった、と気付いたときには既に遅い。
キッドは、自分の反応を見ていたのだろう。そして自分は、心のうちを外に自然と出してしまっていたのだ。
「そして、その3回目のことだ。任務が終わったあとで死武専に帰ってきた俺たちは、ナマエに呼び止められた。いや――呼び止められたのは俺じゃなくてあいつだったが、あいつはナマエの声が聞こえた瞬間、驚いたように武器に変身したんだ」
まるでこれからの惨劇を知っているように。
そこからは俺の知っている通りだ。まだ陽が出ていた頃に始まったシュタインとナマエの戦いは、月が昇るまで終わることは無かった。
そして、勝者は勿論。
「俺が次に目を覚ましたとき、彼は既に死んでいた」
「っ――――!?」
好奇心は猫を殺す。退屈は人を殺す。
死神様と共にあそこへ駆けつけたとき。武器である彼を握る彼女を見つけたとき。魂を直に鷲掴みされたような気分だったのを今でも覚えていた。
「そうでしょう?死神様」
そう、シュタインは死神様を振り返る。
そうか―――と、光る眼鏡の奥にある瞳を見て、理解した。
シュタインはあの夜のことを知ろうとしている。そして、それを聞いた上でナマエを助けに行くかどうかを彼らに決めさせようとしている。
ミイラ取りがミイラになってしまうのを恐れているのだ。
彼はやはり、彼女のことを許してなどいない。
「………そうだね」
「そ、そんなの信じられるわけ…!」
今まで黙ってシュタインの話を聞いていたマカが、やっと停止していた思考回路が動き始めたとでもいうように声を上げた。
そうだ、と誰かが続く前に、死神様は首を横に振る。
「残念ながらシュタインくんが言ったことは事実なんだよね。そして、私が彼女を殺せなかったことも事実。そうだね…ナマエちゃんを助けに行くってことなら、彼女のことは話しておいたほうがいいかもしれない」
「死神様……」
「スピリットくんも。いいね?」
「……死神様がそう言うなら」
静かに頭を縦に振り、死神様の言葉を待った。
「ナマエちゃんは生徒の頃、誰とも波長が合わなかったんだ。だから彼女は武器を持って戦ったことがなかったし、今そこで寝てるノイズだって最初からいたわけじゃない」
「え、でも…」
「そうだね。今は武器で戦ってるし、おそらく他の人とも波長は合うようになってるだろう。それがシュタインくんとの戦いの結果なのか、私が彼女の魂を狩った結果なのかはわからないけどね」
「魂を狩ったんですか…!?」
「―――仲間殺しは重罪。それは彼女にだって当てはまる。だから私はそれ相応の対応をした。でも、ナマエちゃんは死ななかった」
そう。マカの驚きも事実。しかし、ナマエは死ななかった。
魂を狩った感触はきちんとあったし、死神様だって魂をしっかりと手に持っていたはずなのに。
彼女は立ち上がった。手にしていた武器を地面に置いたまま、虚ろな目でこちらをじっと見つめていた。
「その魂はまだ私が保管してるんだけどね。確かに"魂"だし、魂を狩ったのに生きてるだなんて前代未聞だ。だからナマエちゃんの姿も彼の事件も表沙汰にすることは出来なかった」
「…………俺は、」
ふと、シュタインが言葉を零す。
「俺は意識を手放す前、魂を"引っぺがされる"ような―――壊れそうになる、そんな感触を味わいました。それと何か関係が?」
「……………………」
死神様が口を閉ざす。
少しの沈黙も、コチラには痛かった。
職人と武器には"魂の波長"があり、それが合わなければ友人であれ恋人であれパートナーとして戦うことは出来ない。
そして"波長"が合えば"共鳴"もしやすくなり、"魂の共鳴"を行なえば攻撃の威力が格段にあがる。
シュタインと彼の波長があまり合わなかったとはいえ、"魂の共鳴"をやってのけるくらいにはシュタインは彼の波長に合わせられていた。
しかし、その結びつきが、逆に彼らの敗因となる。
そんなことは誰も知らなかったし、有り得ないはずだった。
「彼女は―――シュタインくんが"共鳴"していた彼の魂と、強制的に"共鳴"をしたんだ」
「強制的に―――」
「―――共鳴…!?」
「そ、そんなことって……!!」
生徒達が、口々に驚きの言葉を開いた口からぽろぽろと零していく。
職人と武器にとって、魂の繋がりは絶対。
何者にも干渉されない、絶対的な結びつき。
それなのに彼女は容易くそこへ手を触れた。
「『魂の強制共鳴』―――彼女は、自分の魂の波長と合うように、"強制的に"彼の魂の波長を変えたんだ」
「ま、待って下さい。自分の波長を多少変えるならまだしも、他人の―――しかも波長が合わない武器の波長を変えるだなんてことが出来るわけ…それに出来たとしても、そんなことをしたら魂が……!!」
そこまで言って気付いたのか、シュタインの顔が青ざめていく。
話だけで聞けば、信じられないようなことだろう。
しかし、俺と死神様はシュタインのパートナーだった彼をその手に握っていた彼女を見ているのだ。
月の光を受け、光る武器。
その奥で、地面に伏したまま動かないシュタイン。
「まさか…アイツは、それで……」
「………その通りだよシュタインくん。戦いが終わった後、彼の魂は"強制的に"波長を変えられたせいでボロボロになり、形を保てなくなって消滅したんだ」
「しかし父上。ナマエはどうしてその…シュタイン先生のパートナーを…?」
キッドが慎重に口を開く。
言葉を選んでいるようだったが、上手い言い回しは思いつかなかったようだ。
気にかけるようにシュタインをチラリと見たキッドを、シュタインは特に何とも思っていない風にぼんやりと見つめている。
「彼は魔女と通じていた」
「っ!?」
「彼が死んだ後の調べでわかったことです。結果的に、そうだとわかった」
「じゃあナマエはそれを知って…?」
「いや。ナマエも死神様から聞かされるまでそうだとは知らなかったらしい。ただ彼が自分のことを殺そうとしたから殺した、とだけ」
ふと、ソウルが自分の胸に手を当てていることに気付く。
―――そういえば、ソウルはナマエと共に戦ったことがあるとマカから聞いたことがある。
一応あのときは黒血のこともあったので検査などはしていたが、ソウルに異常は見られない。
やはりあのときに、ナマエに何かがあったのだ。
その犠牲となったのが何故彼なのか―――それを知ったところで、はいそうですかと割り切れるものでもないのだろう。
結果的にナマエを危険視した彼のことも、そんな彼を排除したナマエのことも、誰も正しいかどうかはわからない。
「"正当防衛"…とまでは言えませんけどね。実際、過剰防衛だ。だけどナマエはそういう奴だった。…これも、あとから知ったことだけど」
そしてシュタインは、彼が魔女と繋がっていることを知らなかった。
魔女側が死武専に送り込んだスパイ―――まさか"武器"がそうであるとは誰も思わない。魔力があるわけでも、任務を失敗するわけでもない。
好奇心旺盛。それだけの理由で、色々な職人と組んでいたわけではなかったことを、いなくなってから知ったのだ。
シュタインの実のパートナーだったわけではない。だけれども、シュタインはそれからパートナーと呼べる相手をもったことはB・Jでの件のマリーを除き、1度だって無かった。
「だからまあ、正直…ここにいる全員がナマエをどうすればいいのか困惑してるんです。殺せない犯罪者。されど殺した相手もまた犯罪者。でも俺は、アイツを殺すべきだと思ってる」
「シュタイン……」
先ほど呼ぶことをやめた、彼の名を呼ぶ。
そこで初めて、シュタインはこちらへ視線を送った。
何を言うでも無い。彼も、自分が口を開くのを待っているわけではないようだ。
もどかしさを飲み込むように、下唇を軽く噛む。
「(さっき、『帰ってくる』って言ったんだぞ、お前―――)」
シュタインの眼鏡の奥の瞳は相変わらずの色。
しかしその中に、彼も気付いていない色を見つけ、こちらが名を呼んだというのにゆっくりを目を逸らした。