「………………………」
図書室で調べものをしているときも。
「………………………」
服を着替えて特訓をしているときも。
「………………………」
パートナーと共に食堂にきたときも。
「………………………」
寝ようと電気を消してベットに入ったときですら。
「ニャー」
「………………………」
この白猫は、いつの間にか自分の傍にいる。
ノイズと彼女に呼ばれていたはずのこの猫は、何故だか自分についてまわってくるのだった。
「俺はお前の主人じゃないぞ」
そう言っても少し耳を動かすだけで、丸まった白猫は椅子の上からどこうとしない。
コイツがいれば彼女の居場所もわかるのではと思ったが、どうやら俺がいない場所に勝手に行こうとはしないようだった。
しかしソウルの話だと本来の主人はこの白猫の放浪癖に振り回されていたという。
魂感知能力で猫の魂を見てみるものの、特に変わった様子は無い。
マカなら俺とは違った風に見えるかもしれないな、と白猫から視線を逸らした。
「父上。ナマエを助け出す方法が見つかったというのは本当ですか?」
慌てたように室内へと走ってきたソウルやマカを視界に入れ、本題に入るかと目の前の父を見上げる。
「かなり強引で多くの手を借りないと上手くいかない難しい方法だが…」
「そんなの、私達も協力させてくれ!」
「俺だって」
「私も!!」
マカの父であるデスサイズの言葉に、リズやソウルたちが続いた。
スパルトイ―――俺達生徒だけで構成されたメンバーの総称であるが―――のメンバーの力は必要だろう。
それに、マカの魂感知能力はナマエを探すために欠かせない強力な武器。
もしも自分たちに協力させないというのなら、ナマエを助け出す方法が見つかったなどといった情報を流すことすらしないだろう。
――――しかし。
「それは許可しかねますね」
「えっ!?」
今まで静かにタバコを吸っていたシュタイン博士が、眼鏡を光らせながらそう言葉を零した。
気になっていたのは白猫のことだけではない―――この人の態度というか雰囲気が、前と違うような。
「シュタイン。その話はもう終わっただろ」
「終わってませんよ。生徒を危ない目に合わせるわけにいかないでしょう」
「だからって……」
「あいつが此処に帰って来たかったら勝手に帰ってくるでしょう」
ふぅ、とタバコの煙を誰もいない方向へ顔を向けて吐き出した博士の目は、どこか遠くを見ていた。
ブラック☆スターと特訓をしているときはそんなことはなかったのに、と周り―――というよりも彼女の正体を知らない生徒達はどうしたものかと顔を見合わせる。
「ナマエがただの人間でないことはわかっています。しかしたださらわれたのではなく、エイボンの書に捕らえられたんです。それでも、彼女が自力で戻ってくると思ってるんですか?」
「おい。それ、どういう意味だキッド」
「……そうか。ソウルはあの鬼神復活の際、あそこにはいなかったんだな」
父上、とだけ呼んでそちらを見上げれば、父上は少し沈黙したあとで静かに息を吐いた。
俺もナマエに関して全部を知っているわけではない。
こんな機会でもないと彼女について何も喋ってはくれないだろう―――止めるかと思ったシュタイン博士も、タバコの火を消して吸殻を手放した。
「うーん…どこから説明すればいいんだろうね。ナマエちゃんが死武専の子じゃないってのは話したっけ?」
「え!?」
「ああ。じゃあまずそこからか」
父上の言葉に驚きの言葉を零したのは、ソウルの横に立つマカだった。
勿論リズやパティも驚きに目を見開いていて、椿も似たような表情を浮かべている。
ただ、先ほどから怖いくらいに静かなブラック☆スターだけが反応を示さない。
「え、でもナマエは授業にも出て…」
「うん。というより"元"死武専生って言えばいいかな。ナマエちゃん、スピリットくんやシュタイン先生と同じクラスだったのよ」
「え……?い、いや、それはありえないっしょ…ですよね?だってどう見ても私と同い年かちょっと上くらいにしか見えませんよ」
リズの思考回路はとっくに考えることを諦めてしまっているらしい。
父上の言葉を頭に入れようと必死なものの、理解できる範疇をとっくに超えている。
「そうそう。そこは私にもよくわかってないんだけど、多分"神狩り"って呼ばれる所以がそこにもあるのかなって。まあそんなこんなでナマエちゃんは死武専から追放されたんだけど、今は色々事情があって私と契約してる状態にある。その契約が果たされない限り、ナマエちゃんは死武専側だってこと」
「死神様…その、おおまかに説明しすぎて何がなんだかわからないんですけど……」
「あ、やっぱり?うーん、契約のことなんだけど、最初は鬼神を封印している部屋に立ち入る人間とかを排除することを条件にしてたんだよね。でも復活しちゃったでしょ?だから、今度は本来の契約内容を見つけるまでの仮契約ってことで死武専の生徒になってもらってたのよ。だからマカちゃん達に手を貸してもらおうとババ・ヤガーの城へ行ってもらって今に至るってわけ」
マカの質問に死神である父上はどうしたものかと首を傾げ、順序も何も考えることなく思いついた言葉から順に口にしていった。
その内容は他の人間から聞けば全く信じられないような内容だったが、それを言っているのは死神として存在している父上本人なのである。
信じる信じない以前に、これらは全て事実なのだと思い知らされた。
「……契約のことは別として、"死武専から追放"された、ってのは―――?」
「………………………」
ソウルからの疑問に、父上が黙る。
こんな状況でもいつものようにクールなソウルに疑問が浮かんだが、それよりも気になったのはマカの父親であるデスサイズの様子だった。
仮面で見れない父上の表情よりも、その目線は真実を語っている。
チラリと一瞬だけ彼の視線がシュタイン博士へ動いたことを、俺は見逃さなかった。
「それは私の口からはちょっとね、」
「――――仲間殺しですよ」
「!?」
淡々と、本に書かれている文字を読み上げるような声音。
「仲間殺しは死刑に値する。だから死神様はナマエの魂を狩った。なのにアイツは生きてる。だから、契約と称して彼女はまだ生かされてるんです」
「シュタイン!!」
「事実でしょう。あいつは、俺のパートナーを殺した」
全員が、博士の言葉に息をのんだ。
淡々と残酷なことを口にした博士を驚いたように見つめるデスサイズの目はどこか悲しそうで。
この空間に広がる静寂をなんとか壊そうとするものの、この口は当分機能を果たしてくれそうには無かった。