「会うたびに口が悪くなってますね。いけない子だ」

「誰のせいだと…」

ナマエは頭を抱えたくなったが、ジャラ、という音が耳に入ってそういえば鎖で繋がれていたんだった、と今気付いたかのようにナマエはその鎖へと視線を落とす。
その間にも、男は部屋の絨毯の上を歩いていた。
しかし、その足は目的の場所に辿り着く前に自然と止まる。
そして、呼ばれてもいないのに男はゆっくりと振り返った。

「………何か用ですか?ゴフェルさん」

「ここはノア様が用意されたお屋敷だぞ。それなのに破壊しやがって、どういうつもりだジャスティン」

「あなたが扉の前にいるからですよ。いなければ素直に扉を開けて入ったというのに」

「素直に、ね…」

ゴフェルが男―――ジャスティンから視線を破壊された壁の破片へと移す。
あの勢いと、このちっとも悪いと思っていない様子を見て、自分があそこにいなければ本当に壁を壊さなかったのかとても疑わしいものだ。
そして再び、視線をジャスティンへと戻す。
その途中に彼が引きずってきたらしい真っ黒な棺桶が視界に入ったが、いつも持ち歩いているものなので気にかけることなく口を開いた。

「で?神狩りに何か用か」

「それはこちらの台詞ですよ」

「はあ?」

何を言っているんだ、とゴフェルは眉間に皺を寄せる。

「あなたは何の用があって彼女に会いにきたんですか?と訊いているんです」

「ノア様に見ているよう言われたから見ていただけだ」

そうじゃなきゃ好き好んでこんな得体の知れないものに会いに来ない、と続けようとしたが、実際に会いにきているジャスティンを目の前にゴフェルは静かに口を閉ざした。
確かに"コチラ側"はイカれた奴ばかりだと、喧嘩早いギリコが頭に浮かんでゴフェルは苛立った表情を浮かべる。
それをノアの前以外では隠そうとしないのはいつも通りだな、とジャスティンは横目でチラリとだけゴフェルを見た。

「ではその役目も私が引き継ぎましょう。ノアの元に行ってもいいですよ、ゴフェルさん」

「……ああそうかい」

ゴフェルは一刻も早くこの場からいなくなりたかったのでその提案は有り難いとでもいうように、律儀に壊されていない扉を開けて部屋から出て行く。
途中、ナマエにジャスティンと二人きりにしないでくれと声をかけられるかと思ったがそんなことはなく、ゴフェルはジャスティンのことを報告しようとこの広い屋敷でノアを探すことにした。

「…………ジャスティン」

「なんです?」

1人増え、1人減った部屋で、ナマエはゴフェルと喋っていたときのような表情ではなく、睨みつけるようにジャスティンを見上げている。
しかしそんな視線は気にしていないとでもいうようにジャスティンはいつも通りの笑みを浮かべた。
イヤホンからは、既に音が漏れていない。

「どうしてここに?」

「ナマエさんに会いに来たに決まってるじゃないですか」

「違う。そうじゃなくて、なんで私がここにいるってわかったのかを訊いてるの」

「ああ………」

ジャスティンの笑みの種類が変わる。

「B・Jを殺そうとしたのは私ですよ」

「っ―――――!!」

その一言で、ナマエは理解した。
デスサイズの1人であるジャスティン=ロウは"裏切り者"であり、ノアの仲間で―――死武専の敵だということを。

「ふふ……やっぱり、気付いていなかったんですね。あなたはいつも私のことを見ないようにしていましたからまさかとは思いましたが…悲しいですね」

「…………知ってたんだ」

「勿論。でも、だからといって諦めることはしませんけどね」

あまりにも人の話を聞かないので、自分がジャスティンのことを好いていないことを知らないものだと思っていたナマエは驚いたように、それでいて先ほどの言葉での動揺を悟られないよう声を絞り出した。
ジャスティンは一歩ずつ、確実にナマエへ近付いてくる。
ずるずると引きずっていた棺桶は部屋の真ん中に忘れ去られたように置かれ、中に入っている料理はいつになったら外に出れるのだろうと静かに待機していた。

「あの男の魂感知能力はかなり厄介でしたから…それとマカ=アルバーンもそろそろ面倒な存在になってきたので殺しに行ったのですが彼に邪魔されましてね」

「彼……?」

「シュタイン先生ですよ」

「……………………」

戻ってきていたのか、とナマエは表情を変えずに頭の中でその名を繰り返す。
ということは死武専も目の前の男が"敵"であることを知っているはずだ。

「何を―――」

「っ、」

「―――考えているんです?」

首元をジャスティンの右手で押さえられ、そのまま後ろの壁へと叩きつけられる。
苦しさと衝撃に一瞬怯んだナマエだったが、抵抗をしようとジャスティンの腕に手を伸ばそうとして鎖がうるさく音を鳴らした。

「…別に、何を考えていようが自由じゃない?」

一瞬、図書館での出来事を思い出し身体を強張らせた。
だが、その必要はないだろうとすぐに身体の力を抜く。
ジャスティンはいつの間にかベットの上へあがり、膝をベットへ沈めていた。

「まあそうですね。私も色々考えていますから」

「……………………」

何を考えているのかを訊くのはやめよう、とナマエは堅く口を閉ざす。

「では、ゴフェルと何を話していたんです?」

「え?」何って。

「なんだかいつもより楽しそうでしたので」

ジャスティンが体重をかけると、ナマエの身体がベットへ沈む。
ナマエの上に覆いかぶさるように、ジャスティンは頭上から微笑を落とした。

「どいて」

「何を話したんです?」

「……………………」

顔を上げずにどくように言うが、いつも通り彼はコチラの話など聞こうとしない。
その音楽を聴いていない耳は飾りかと言いたくなるが、既にナマエは諦めていた。
そんなナマエの視界に入ろうと、ジャスティンは顔を下げ、更に近付く。
首を掴んでいる手には力は入っておらず、ただその体温だけが伝わってきた。

「別に。他愛もない話しだよ」

「それなら会話の内容を教えてもらっても構わないでしょう?」

「どうしてそこまで、会話の内容を知ろうとするわけ?」

「知らないんですか?ナマエさん」

ナマエの後ろの壁についていたジャスティンの手が、ゆっくりとナマエの髪を撫でる。
ナマエの表情は一切変わらない。
しかし、ジャスティンの笑みは深いものへと。

「私はあなたが好きなんですよ」

クス、とジャスティンが静かに笑った振動が、触れ合う額から伝わってくる。
ジャラ、とナマエの腕から伸びる鎖が音を鳴らした。

「なんだこれ!おい!!ジャスティンてめぇの仕業……」

か、という声かかろうじて出たかどうか。
それよりも壁に触れたからか新しく崩れた壁の音がうるさく、状況が理解できなかった。
ジャスティンは鬱陶しそうに後ろを振り返る。
ナマエは声の主の姿を探したが、目の前のジャスティンのせいで見ることは叶わなかった。


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