ある日、男が笑顔で提案した。

「私とあたなが出会ったのは神の思し召しです。私達は1つになる運命にあると思いませんか?」

言われた少女は無表情のまま首を横に振る。

「私は"こんな"のだけど―――きっとあなたを選ぶことはないよ」

「どうして?」

不思議そうに首を傾げた男へ、少女は億劫だというようにゆっくり唇を開いて冷たい瞳を男へ向けた。

「あなたの魂が気に入らない」



「―――――ふふっ」

「あ?」

後ろを歩いていた男が突然笑みを零したので、何事かとギリコは振り返る。
これといった会話をしていなければ、今なにか笑えるようなことが起きた節もない。
何事かと立ち止まってみれば、それに気付いたらしい男はゆっくりと視線をギリコへと移した。

「何1人で笑ってやがる」

「笑っているのではなく、喜んでいるのですよ」

「はあ?」

ギリコが首を傾げながら足を動かせば、カツ、と堅い床が音を鳴らす。
だだっ広いそこで、その音は反響し、小さくなって消えた。
しかしその音は目の前の男には届かない。
男の耳元からは、うるさいくらいの音楽が零れている。
いわく―――『爆音と共に現れる処刑人』。

「本当なら今すぐにでも会いに行きたいところですが、何かプレゼントでも買ってからにしようか悩みますね。いやでも私がプレゼントということでもきっと喜んでくれるでしょうし」

「おいおいおいおい、勝手に話を進めてんじゃねえよ。しかもなんだそれ気持ち悪いなお前……」

「そういえばあなたも"武器"でしたよね。わかりませんか?"彼女"の気配が」

「"彼女"だあ……?つーか気配ってなんだよ。なにも感じねぇぞ?職人じゃあるまいし…なんだっつーんだ」

愚痴だか軽口だか判然としない台詞をこぼしつつ、ギリコは諦めたように再び堅い床を歩き始めた。
男の服装はこの豪華な城の中を歩くのに適した格好ではなかったが、誰もそれを咎める様子は無い。
後ろを歩いていた男も、足を進めたのだろう。
足音は聞こえなくともそのイヤホンから漏れる音楽が、男の存在を示していた。

「あぁクソ。うるさくて仕方ねぇ!」

ドガンッ、となんの前触れもなく、ギリコは近くの部屋へと続く扉を蹴り飛ばす。
その扉は吹き飛ばされるどころか粉々に砕け散り、彼の蹴りの威力がとてつもないことを現していた。
しかし、そんなことが目の前で起こったというのに、後ろを歩いていた男―――ジャスティンは、ギリコが立ち止まったから立ち止まったとでもいうように、相変わらずその口元に笑みを携えている。

「おいジャスティンてめぇそれやめろ!いつもの音楽なら別にいーけどよ!気味悪く笑ってんじゃねーよ気持ち悪い!!」

「私はいつも笑顔でしょう」

「嘘つけ!基本ぼーっとしてるじゃねーか!!」

ギリコの怒りの対象は、どうやら後ろを歩いていたジャスティンのようだ。
しかしジャスティンはそのギリコの怒りはいつも通りだとでもいうように聞く耳を持たない。
もっとも、周りの音が聞こえないくらいの大音量で音楽を聴いているのだから最初から聞く気などないのだろうが。

「むしろあなたの方がうるさいですよ」

「………喧嘩売ってんのか?だったら買うぜ」

ギリコの表情にも、笑みが浮かぶ。
至極楽しそうな、それでいて怒りが全面にでている笑顔。
対し、優しそうな笑みを浮かべるジャスティンはそんなギリコをまっすぐに見ていた。
どうやら自分の言葉を取り消すつもりはないらしい。
ジャスティンの音楽と、ギリコの刃の音が当たりに響き渡る。
緊張の糸が切れる―――その瞬間。

「ああ。丁度いいところに」

と、軽い声が響いた。
声は二人の間から。
ギリコの視線が横に流れたのを見て、ジャスティンも不思議に思いながらそちらへ視線を向ける。
先程ギリコが壊した扉の奥に、1人の男が立っていた。

「食事を運ぶのを手伝っていただけませんか?食事の好みがわからないので大量にあるのです」

「は………はあ?」

肩透かしをくらったかの如く、ギリコは全身から力が抜ける。
ジャスティンは顔から笑みを消し、ぼんやりと男の口元を見て彼が何を喋っているのかを理解していた。

「食事?好み?ノア、あんた一体なんの話を、」

「"神狩り"ですよ。手に入れました」

「………"神狩り"?」

ノアと呼ばれた男の言葉にギリコは首を傾げる。
そんな単語を、いつかどこかで聞いたような―――

「全部私が運ぶので置いといてください」

「は!?」

しかし、ギリコの回想はジャスティンによって遮られる。
何を言ったのかがわからないとでも言ったようにジャスティンを見るギリコ。
どうやらノアも、ジャスティンの言葉に驚いたらしい。
めずらしく表情を崩し、目を見開いてジャスティンを見つめていた。
当の本人であるジャスティンは再び嬉しそうに笑みを浮かべている。

「あ…ああ……そうですか。なら、頼みましたよ」

「いいのかそれで…?つーか、あんたにいっつもひっついてる奴いただろ。ゴフェルつったか?あいつに運ばせればいいだろ」

「ゴフェルに任せたらきっと毒かなにか入れるでしょうからね。任せられません」

「あんた昨日あいつに俺への酒運ばせてたじゃねぇか……」

なんだか気分が悪くなってきた、と口元を抑えるギリコに酒は栓があいてないから平気だ、と説明しようとするも面白いからいいかとノアは静かに笑みを零した。

「ではよろしく頼みました……よ…?」

ふとジャスティンが立っていた場所をチラリと見てみれば、既にそこに彼の姿は無く。
振り返ってみれば、そこにあった大量の食事は既に消え去っていた。
ギリコは苛立ったようにノアから視線を廊下の奥へと移す。
そこには、ギリコやノアも入れるであろうくらいの棺桶を引きずりながら上機嫌で歩いて行くジャスティンの姿があった。

「これは予想以上でしたね…。吉と出れば良いのですが」

ノアは呆れ半分面白半分と言ったように、帽子を深くかぶりなおす。
ギリコはついていけないとでもいうように盛大な溜息をつくと割り当てられた自分の部屋へと歩き出した。


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