後ろで、扉が静かに閉まる音がした。
扉の近くにある電気のスイッチに触れることもせず、キィ、と聞きなれた金属音を鳴らす椅子へ深く腰掛ける。
ポケットを探り、目的の物を出そうとして、やめた。
椅子ごとクルリと後ろを振り返れば、そこは見慣れた保健室。
戻ってきたのか、と少し暗い誰もいないそこを見渡す。

「…………………」

妙に静かだった。
ここを去る前から静かだったというのに、それを"妙"だと思うこと自体が奇妙で。
頭の隅で、あいつの軽い声が再生される。


「彼女をそちらにずっと置いておくほど、私は心が広くありませんよ」



そう、今まで見たことのないような真剣な表情で、デスサイズの1人である彼は言った。
―――ジャスティン=ロウ。
武器でありデスサイズであり、そしてBJを殺害しようとした犯人でもある。
彼は、死武専の裏切り者だった。

「………………………」

BJ殺害未遂の際、ジャスティンにアリバイは無く、死武専へ自分とマリーが戻ってくるときに彼と会話したときも、彼は否定しなかった。
それどころか魂感知能力に長けたマカを殺しにきたようで、それを阻止することも含めて戦った、のだが。


「…随分とあいつに執着するな。そんなに神狩りの力が欲しいのか?」

「いいえ。力なんてものはいりませんよ。私は彼女が欲しいのです」



神を崇拝するように、彼は神狩りを求めていた。
彼女自身、そんなジャスティンを苦手だというようにあからさまに避けていたわけだが、人の話を聞こうとしない彼にはあまり効果がない。
半ば諦めているようではあったが、一度だって彼女はジャスティンと共に戦うことは無かった。

「何してんだシュタイン、電気もつけないで」

「…………先輩」

パチ、というスイッチが押された音と共に薄暗かった保健室に光が灯る。
そこで初めて、スピリットが保健室に入ってきたことにシュタインは気付いた。
ギイイ、と特有の音を鳴らして椅子を回転させる。

「先輩こそ、どうしてここに?」

「お前の意見を訊いておこうと思ってな」

「意見?」

とぼけるように首を傾げてみれば、それを見抜いているとでもいうようにスピリットは何か言いたげな表情を浮かべた。
しかし、スピリットは即座に言葉を切り替える。
そういったことが出来るから、彼を慕う者が大勢いるのだろう―――女癖のことを一瞬思い出したが、彼の名誉の為に今だけは忘れることにした。

「ナマエがさらわれたことは、さっき話したよな」

        ・・・・・・
「ええ。あいつがいなくなったと―――キッドの身代わりになって」

「ああ」

・・・・・
さらわれた。
そういえば死神様もそんなことを言っていたな、とキャスター付きの椅子から立ち上がる。
"さらわれた"と"いなくなった"では、意味が大きく違う。
後者は自分の意思でも出来ることだ――――その言葉の違いに、シュタインはスピリットたちとのズレを感じたが、決してそれをわかるように口にはしなかった。
そのまま保険室内にあるソファへ歩き、「どうぞ、先輩」とスピリットを振り返った。
スピリットは視線をシュタインからソファへと移すと、何も言わずに腰を下ろす。
シュタインもスピリットの真向かいに腰を下ろし、静かに口を開いた。

「(まるで、入れ違いだな)」

戻ってきたと思ったら、今度はあっちがいなくなっていた。
どうせまた憎まれ口を叩くのだから、こちらもお望みどおりその喧嘩を買ってやろうと思っていた。
しかし喧嘩どころか、その姿を見ることも出来ない。
それは望んでいたことのはずなのに、何故か諸手を挙げて喜ぶことは出来なかった。
彼女を殺したいという気持ちは消えていない。まして、仲間だなど微塵も思っていない。それでも、それは違うだろうと意味もなく苛立つ。だけれど、その苛立ちをぶつける人物はここにいない。

「それで、だ…ナマエの救出作戦について色々揉めててな」

「救出作戦……?」

シュタインは、今度こそ本心から首を傾げる。

「生徒達―――特にキッドやブラック☆スターは行くと言ってきかないんだ。ソウルはマカのこともあって何も言わないが、色々考えてると思う。だが敵の情報が少ない今、生徒達を危険な場所に向かわせるわけにもいかない、というのが死神様の意見だ」

「いえ―――そもそも、救出作戦なんてものが必要なんですか?」

「え?」

今度は、スピリットが首を傾げる番だった。
実際に首を傾げたわけではなかったが、スピリットはシュタインの言葉の意味がわからないとでもいうように、静かに顔をあげる。
シュタインはそんなスピリットをぼんやりと見ながら、彼らとの間にあるズレを指でなぞった。

「ナマエは"神狩り"で、死武専にいたのも死神様との"契約"があるからなんでしょう?その"契約"がナマエにとって大事なものなら、アイツはそのうち勝手に帰ってくるんじゃないんですか?」

「な……………」

「先輩だって、ナマエの強さは知ってるはずです」

俺よりも、知っているはずだ。

「だけど、今ナマエの傍にはノイズがいないんだぞ」

「それは昔もでしょう」

「っ……………」

スピリットは、何かを言いかける。
しかしすぐにその言葉を飲み込んだ。
自分が発しようとしたその言葉が、感情的なものであることに気付いたのだろう。
反対に、シュタインはどこか苛立ったように言葉を続けた。

「先輩はどうしてそこまでナマエを気にかけるんです?一体、何があったっていうんですか」

「……?シュタイン。一体何の話を、」

 ・・・・・・・・・・・
「俺があいつに負けたとき、何が起こったのか―――教えて下さい」

蚊帳の外はごめんだと、仲間外れを望んだはずのその足で、引かれていた線を飛び越える。
その瞬間、裏切り者の言葉が脳裏で再び再生されたが、聞こえなかったふりをした。


「それに、ナマエさんに執着しているのはあなたもでしょう?シュタイン先生」





「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -