8番塔ではキッドが。
1番塔ではミズネとエルカたちが。
それぞれ戦いを終えたとき、キリクたちの戦いも終わりを迎えていた。

「すみません。遅くなりました」

「オックス!」

オックスの手にはハーバー。
そして、その後ろにはキムとジャッキーも制服のままキリクを見ていた。
キリクへ駆け寄ったオックスが、キリクの無事を確認したあと辺りをキョロキョロと見渡す。

「……?どうかしたか?」

「いえ。ナマエを見ませんでしたか?」

「ナマエ…?あいつはこの作戦に参加してないだろ?」

「でも、彼女は死武専の生徒を守るといって僕達の目の前に現れました」

「なんだと……?」

オックスの言葉に、キリクの眉間に皺が寄った。
しかし人間の姿に戻ったハーバーや、後ろにいるキムたちの表情を見てそれが冗談だとは思えない。
どういうことだ、と説明を求めてオックスへとキリクは視線を戻した。

「本当です。なので君のところへ来ているかと思ったんですが…他の生徒のところへ行ったのでしょうか」

「まあ、俺はそんなに苦戦もしてなかったからな」

「それにナマエは強い。大丈夫だろう」

「ん?なんでハーバーが知ったような口きいてんだ?」

「"武器"にはわかる。それだけだ。魔道具のもとへ急ごう」

そういって、ハーバーは彼らを先導する。
キムたちはナマエという名前に少しだけ顔をしかめたものの、オックスの「大丈夫ですよ」という言葉に口元を緩めてハーバーの後へついて行った。
そして魔道具『錠前』の1番から8番が全て撃破された頃――――ある一室で、男は平然と笑みを浮かべていた。

「アラクネ様の魔法は練り上がりました。心配はいりませんよ」

全ての錠前が沈黙し、女王蜘蛛――――アラクネの間の結界が解ける。
そして魔法は、魂を掴む。

「(全身の力が――…ぬける……しずむ……ゆるむ―――…)」

結界が解けたそこで、ソウルは何も無い空間で地面に伏していた。
かろうじて動く目だけを動かし、それを見上げる。

「ぶざまだな」

鬼は笑う。

「それがお前だ」

鬼は蔑む。

「立ってみろ…ほらッ」

力を入れても、入らない。

「これがお前だ」

鬼の影が伸び、俺を見下ろす。

「狂気を求めるな…恐怖に打ち勝て…やってみろ………立ち上がって」

この闇を切り裂いてみろよ、と影は言う。
キリキリと腕が鳴る。足が鳴る。
ガシャン、と虚しく身体が倒れた。

「それがお前だ」

鬼は言う。

「クール気取って冷静ぶって皮肉って…何様だ?」

鬼はもう、笑っていなかった。

「よく自分を見てみろよ…こんなだぜ」

過去が頭を包む。逃げ出したはずの過去が、俺に迫る。
俺は兄貴とは違う。俺に、何ができる。

「お前は冷静で繊細でその歳の割には物事よく見えてるよ」

立派だ。

「その時々…賢明な判断をし、道を踏み外さない」

立派。

「あれはダメこれはクソ…数ある道を否定して…皮肉って見つけ出した道だがな」

鬼は問う。

「お前は何がしたい?どうしたい?お前の信念は何だ?お前はどこに進みたい?言ってみろよ」

鬼は問う。

「オイ?」

口を動かす。
否定してやろう。肯定してやろう。反論してやろう。賛同してやろう。
そんな気持ちで口を動かす。
でも、口からは何も言葉が出てこない。
鬼も居ない。影も無い。ここにあるのは何も出来ない俺1人。

「(立たなきゃ…)」

力を入れる。

「(立ってどうする?立ってどうする?立って俺は神を越える!)」

あの馬鹿うるさい奴の真似をしてみた。それでもダメだった。

「(馬鹿げてる。俺には無理だよ…でも、このままじゃ嫌だ。こんなみじめなのは…)」

みじめだな。
俺にはお似合いだ。嫌か?

「(嫌だよ)」


「立って。ソウル」

「(無理だよ)」


「大丈夫。ほら、手を握って」

誰かが手を差し伸べる。
この声に、聞き覚えはあった。
でも、その名を呼ぼうとする口が動いてくれない。
手を伸ばす。


「っ、がああっ!?」

「っと危ない!」

目が覚めたような気がして、混乱のまま驚きの声をあげたマカをソウルは振り返る。すると真後ろにはマカの足があり、自分が蹴られる寸前だったことに気付いた。

「自力で魔法攻撃から脱出とはね。私が見込んだだけのことはあるわ」

「自力で………?」

「これがアラクネの魔法…」

マカとメデューサが言葉を交わす中、ソウルは何故か後ろを振り返る。
そこには勿論誰もいなかったが、ソウルは自分の魂を触るかのように胸元へ手を置いた。

「…………………ナマエ」

ボソリと呟いた彼女の名前に、応える者はいなかった。


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