「全く……怒られるのは私なのに」

しかしナマエは、そんなキムよりも怪我をしたオックスの方を気にする素振りを見せた。
先ほど自分の攻撃を食らったはずなのに立ち上がったキムのことを、警戒する必要などないとでもいうように。

「何?武器捨てちゃって…降参でもしたつもり?」

その手に握られていた槍がスルリとナマエの手から地面へ落ち、しかしそれは金属音を鳴らすことなく白猫へと姿を変えた。
そして白猫がオックスへと近付いていき、その姿を包帯へと変えオックスの傷へと巻きつく。
突然のことにオックスは驚くが、何かを喋ろうとした反動で傷口へ痛みが走り、顔を歪めた。

「私の任務は敵を倒すことじゃなくて生徒を守るっていうものだからね。一応、優先順位ってものがあるんだよ」

「ふぅん…ダッサイことやってんのね」

ナマエとキムはお互いに見つめあう。
二人とも同じ死武専の制服に腕を通しているというのに、その立ち位置は明らかに違った。

「それに、武器ならまだ居るから」

「え?」

「オックス君!」

ナマエがそう呟き、キムがその呟きに疑問の声を表した瞬間。
柱に寄りかかって腹部を押さえているオックスの背後から、オックスの名を呼びながらハーバーが姿を現した。

「ハーバー君」

「今までどこにいたんだよ」

「……………………」

オックスはハーバーの名を呼び返し、傷口を押さえるオックスへ駆け寄ってその場にしゃがむ。
そんな彼らをキムは口元に笑みを浮かべたまま見下ろしており、その視線に気付いたハーバーが驚いたようにキムを見上げた。
次いで、こちらへ背を向けるナマエを視界に入れる。
そして、最後に床に倒れているジャクリーンへ視線を移した。

「キム!?それに…確か君は、ナマエ……」

ハーバーは頭の悪い方ではない。
というよりも、オックスに負けず劣らずの成績優良者である。
この場の雰囲気や状況から、今がどんな状態なのかを一瞬で理解した。

「なんてことだ…迷っていたのは僕か……」

「気をつけてハーバー君。彼女は…」

「オックス君。ケガをしてるじゃないか…このキズ…キムに?」

キムはどこからか取り出したナイフを手にしてケラケラと笑うだけ。
否定もしない。言い訳もしない。
ただその笑みだけで、ハーバーの思考を肯定した。

「お前……」

ハーバーは、そのバイザーをおろしてキムを睨みつける。
バチッ、とハーバーの周りで小さく電撃が跳ねた。

「オックス君、戦えるかい?」

「だめだ!キムたちは洗脳されているんだ」

「洗脳?そんな簡単に洗脳されるものなのか?―――今まで騙されていたんだよ。所詮魔女だったんだ」

そう言うハーバーの表情に、キムを許すという思考は微塵も存在しない。
自分の友人でありパートナーであるオックスを―――あれほどキムを慕っていた彼を傷つけられ、ハーバーはこれ以上無い怒りを覚えていた。
彼女を近寄らせてはいけない。
その一心で、オックスはナイフを振り下ろすキムへ電撃を浴びせた。
それは職人と共に戦うときよりも弱いものであったが、キムを怯ませるには十分である。

「ハーバー!キムになんてことを!!」

「理由がどうあろうとあのキムは僕たちの知っているキムじゃない!君の命が危ないんだ。僕には職人を守る義務がある」

「…………………」

「戦わなければ殺されるぞ」

再びそこはピリピリとした空気に包まれた。
キムは立ち向かおうとしてくるハーバーをじっと見つめてはいたが、その瞳には何も移っていない。
しかしそんなことは、ハーバーにとってどうでもいいことであった。
職人を守る。
それだけが、武器としての自分の役割。

「じゃあ――それなら。ハーバー君だっけ?今だけ私があなたのパートナーになるよ」

「…………何?」

「彼女がどれくらい動けるのかはわからないけど、相手は魔女だから用心に越したことはない。大丈夫。あなたはいつも通りでいい。私があなたに合わせるから」

「ジャッキー。起きて」

「なっ!?」

ナマエとハーバーが喋っている間にキムはジャクリーンへと近寄っていたらしく、キムの手をジャクリーンは弱弱しく握り返した。
そして目を開け、再び笑う。

「……考えている暇は無さそうだ。それと、僕のことは呼び捨てで構わない。頼んだよ、ナマエ」

「わかったよ。ハーバー」

武器へ変わったジャクリーンを握りしめたキムと、槍へと変化したハーバーを慣れない手付きで掴むナマエが対峙した。
それを、オックスは傷口をおさえながらじっと見つめる。

「ダメだキム…ハーバー君……」

しかしその声は届かない。

「…、………」

勝負は一瞬だった。
あまりのことに、声もない。
まるで人形のように、キムは地面へと倒れこむ。

「……………起きなよ、魔女さん」

「え?」

ナマエの声に、オックスは小さく声を零した。
そうだ―――この状況は、さっきも見た。
彼女がキムの背中を切り裂き、キムは地面へと倒れたのだ。
しかし、キムは立ち上がった。
何事もなかったかのように。彼女の攻撃など無意味だとでもいうように。

『どういうことだ?確かに手応えはあった』

ナマエの言葉に疑問の声をこぼしたのはオックスだけではない。
そして、そんなハーバーの疑問に応えるようにキムは死図鑑居立ち上がる。

「な…何をしたんですキム……」

「死ぬトコロだったよ…ホント容赦ないよねアンタ」

そうキムはナマエをじっと睨みつける。
そんなキムの服には、確かに貫かれた跡があった。

「『何をした』って?今更何言ってんの?私がノーマルだったらあのまま死武専にいれたのに…」

『魔女…魔法か』

「なんでアンタがそっちに居れて、私はこっちに居るわけ?」

おかしいじゃない、とキムは呟いた。
その声がどこか泣きそうなものではあったが―――ナマエはただ黙ってキムを見つめるだけ。

「ナマエ」

「?」

オックスが、ナマエの背中に声をかけた。

「ここは僕が戦います。あなたはこの包帯を取って違う生徒のところへ向かって下さい」

「どうして」

「先程も言ったはずです。彼女たちは死武専の生徒ですよ。ここはあなたの出る幕ではありません」

「……………本当にそうなら、そうなのかもね」

ナマエが持つ槍が、バチッと軽く電撃を放つ。
瞬間、オックスに纏わりついていた包帯がほどけ、再び白猫へと変化した。
それを見て、ハーバーは無表情のまま人の姿へと戻る。

「死武専に帰るときに1人でも欠けてたら、一緒に怒られてもらうよ?」

「大丈夫ですよ。怒られることなんてありません」

そのオックスの言葉に返事を返すでもなく、ナマエは白猫と共に煙の中へと消えていく。
キムはそんなナマエを、なんともいえない表情で見つめていた。

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