「ナマエちゃん。勝手に外に出ちゃダメじゃないの…」
「ノイズがどこか行っちゃうんだもの。仕方ないよ」
暗い部屋。
灯りは、地面に座り込む少女の傍らに薄暗く光るランタンがあるだけ。
そんな少女の前には、大きな鏡が存在している。
どうやら、少女―――ナマエは、鏡と会話をしているようだった。
「そうなの?でも、ノイズもどうやって外に出ちゃったのやら…」
「入るのは大変だけど、出るのは意外と簡単だよ?ここ」
「ナマエちゃんにとってはそうだろうけどね」
ランタンの灯りが、鏡の中をぼんやりと照らしている。
どうやら少女は鏡ではなく、その鏡に映っている人物と会話をしているようだった。
といっても、少女の背後には誰もおらず、暗闇が広がっているだけである。
鏡に映りこみ、会話をする―――こんなことが出来るのは、少なくともこの街ではただ一人。
"死神様"と呼ばれる存在だけが、それを可能としていた。
「今日は注意をしにきたの?先生みたいだね」
「一応学校長なんだけど…」
そして、"死神様"と皆に慕われ呼ばれている存在は、死神武器職人専門学校――通称死武専と呼ばれる学校の創始者であり、校長でもあった。
校長はマイペースなナマエにまあいいかと先ほどまでしていた話を流し、真剣な雰囲気を纏う。
だが、"死神様"を知っている者なら大抵、それすらも"茶番"に組み込まれているということはお見通しであった。
一体どこまでが本気でどこまでが冗談なのかわからない存在に、ナマエもまた、真面目に話を聞くかどうかを少しだけ悩んでいた。
「今度、生徒たちでロンドンへ課外授業に行ってもらう手はずなんだけど…嫌な予感がしてね。ナマエちゃんに、こっそり様子を見に行ってほしいんだ」
「さっき外に出ちゃダメって言ってなかったっけ…」
真面目に聞こうと身構えた自分が馬鹿だったとでもいうように、ナマエは苦笑いを零す。
「というか、そう思うならやめたら?その課外授業」
学校長でしょ、とナマエはその権力を行使しないのかと首を傾げた。
「う〜ん、それもそうなんだけど、あれもこれも禁止にしてたら生徒たちも成長出来ないしね。一応魔剣に生徒が襲われてからは2組で行かせてはいるし、危なそうなところにはこっそり教師たちも派遣してる。だから、人手が足りなくてね」
「え、魔剣が出たの?」
「あれ?言ってなかったっけ」
「聞いてないけど」
ごめんごめん、と軽い態度に、ナマエは頭を抱えたくなるのをぐっと堪えた。
それに、"わざと"その情報を渡さなかった可能性の方が高い、という考えを校長に悟られないよう、ナマエは言葉を続ける。
「また魔剣が出る可能性があるってこと?それなら行くよ」
そしたらもう帰ってこないかも、と冗談交じりに"死神様"へ笑いかけた。
言い忘れていたが、"死神様"は顔に真っ白い仮面を付けている。
そのせいで、その仮面の下の表情をナマエも読み取ることはできなかった。
しばらくの沈黙。
先ほどまで安堵を与えてくれていたランタンの灯りが、不穏さを掻き立てるものに成り下がることは、この暗闇と静寂では簡単なことである。
しかしそれでも、ナマエは死神の言葉を、表情を崩さずに待った。
"それ"が出来る少女のなかに存在するのは勇敢な心か、無謀な精神か。それとも―――
「それが出来ないことは、ナマエちゃんが一番知ってるでしょ」
声に、温度が無かった。
感情もなにもない。ただの事実と文字の羅列。
"死神様"の言葉を受け、ナマエは笑みを崩さなかったが、その目は笑っていなかった。