ランプ職人のキム・ディール―――正式にはキミアール・ディールだが―――とパートナーであるジャクリーンが死武専を去った。
そのことは瞬く間に生徒の耳へ入り、死武専は動揺に包まれていた。
しかしそれでも、狂気の進行は待ってくれない。
そしてまた、大きな何かが動き出そうとしていた。

「……………………」

死神のいる場所へと、スピリットのあとをついて歩くメデューサの風貌はどこからどう見ても幼女のそれであった。
ソワソワと辺りを見渡しているそんなメデューサはなんだか落ち着かない様子である。
まあ無理もない―――今からメデューサが向かおうとしている場所は敵である死武専のリーダーともいえる存在なのだ。
何故彼女が姉であるアラクネ同様敵である此所へこうして来ているのか。
それを知るために、スピリットは彼女を死神の元へと案内していた。
そして皮肉なことに、死武専をキム達が去る理由を作ったのが、スピリットの後ろをその短い足でついてくるメデューサである。
本来ならば許されない死神と魔女のと面会は、メデューサが死武専に潜入していた魔女を密告することで実現した。
他2人はアラクネの手先だったから良かったものの、この場合、キム達はただ単に巻き込まれてしまったにすきまない。
しかし、魔女は、どうあろうと魔女なのだ。

「……………………」

ふと、スピリットが足を止める。
メデューサが上を見上げると、そこには鏡から出た死神がメデューサを見下ろしていた。
辺りに重い空気が流れる中、死神様は喋りだす。

「いやいや〜随分とはしゃいじゃってくれたねェ〜、君のおかげで世界滅茶苦茶だよ〜」

怒っているのかどうかわからない口調で呟くが、「死神チョーップ!」とメデューサの頭を容赦なく叩いたので、きっと怒っているのだろう。
スピリットが驚くが、「とりあえず一発はアリだ」と死神は弁解する。
メデューサは頭をカバーするようにフードをかぶった。

「で、取り引きって何よ?」

そう言って、メデューサがかぶったフードごとメデューサを持ち上げる死神。
そのせいでカボチャパンツが丸見えになっていた。
降ろしてもらったメデューサは、しきり直すように「話をしよう」と会話を持ちかけた。
が、

「大人の女がカボチャパンツはいたらどうなんでしょうね」

「いいんじゃない?一昔前はあんなのはいてたんだからさ。でも今だとちょっと変態っぽいなァ〜」

死神とスピリットは、暢気にパンツ談義を始めていた。
呆れたメデューサが「いい加減にしろ」と怒鳴ると、死神様が再びフードごとメデューサを持ち上げた。

「で、取り引きって何よ?」

「降ろしなさい!!」

とうとうキレたメデューサに、スピリットは「冗談が通じない」とふてくされる。
メデューサは再びフードごとつままれる前に、部屋のすみへと移動した。
ふぅ、と息をはいて気持ちを整理する。
死神様とスピリットも、ようやく真剣な顔つきに戻っった。

「いいかしら…取り引きの内容はあなたたちにとって悪いものじゃないわ。アラクノフォビアの本拠地…《ババ・ヤガーの城》の場所を教えましょう。それに、《ババ・ヤガーの城》を攻略するための情報も与えましょう」

そこで一息ついたメデューサは、面白そうに口端を上げた。

「そのかわり」

「――何だ?」

「"ババ・ヤガーの城攻略作戦"の全指揮を私がとる―――それだけよ」

不敵に笑ったメデューサに、スピリットは速攻反抗した。

「バカ言うな…そんな条件のめるか!これほど重要な作戦、お前に任せられるわけないだろ!」

その言葉に、メデューサは哀れむような視線を投げかけた。

「条件がのめないようなら、このままアラクネに踊らされてるままよ」

「―――全指揮をお前に任せられるワケないだろ。どうせお前は高見の見物…暢気なもんだな」

「いいえ。戦場には私が出向くことになるわ。この作戦は私にしかとれないの」

その言葉に、死神様もスピリットも首を傾げた。

「どういうコト?とりあえず内容を聞こうじゃないの」

「アラクネが率いるアラクノフォビア。とても強大だわ。その強大な組織をつぶそうとしているんですもの。とても大きな戦いを想定しているでしょ?でも、私はそんなハイ・リスクなものを考えていないの」

メデューサは思い出す。
ほとんど無防備に近いこの身体で侵入した、アラクネの本拠地。
不気味なほどに静かで、冷たいくらいに闇だったあの場所。
―――"ババ・ヤガーの城"。

「"ババ・ヤガーの城攻略作戦"。この作戦は少人数で行うつもりよ。これなら作戦が失敗してもあなたたちが負うリスクは少ないでしょ?」

「人数の問題じゃないよ。死武専の人間を君に任せるのに不満があるんじゃないの。なぜ君以外の者が指揮できないのか知りたいのよ」

「それはアラクネが張っているネットを避けるためよ」

「ネット?」

死神の疑問に対して答えたメデューサの言葉に、今度はスピリットが疑問の色を示す。
メデューサは真剣な表情のまま、スピリットの疑問に答えようと口を開いた。

「ババ・ヤガーの城の周りにはクモの巣状に張られた無数のセンサーがあるの。それにかかればこちら側の動きはすぐにアラクネに知られてしまう」

「それを避けるため少人数で行動したいワケか。お前ならすり抜けられるのかよ?」

「エエ。でもそのネットも数日に1回は書き換えられている。もたもたしていると私の持っている情報も古くなってしまうわ」

スピリットの問いに即答したメデューサ。
この前、アラクネに会いに城へ行ったのはただ情報を伝え話をするだけではなかったのだ。
魔女アラクネの張る無数のセンサーであるネットの場所を探るため、そしてそれを悟られないため。
そして、メデューサがしてきた準備はそれだけではなかった。

「よしんば、ババ・ヤガーの城に潜入できたとしても少人数でどう戦うというの?」

「人数はそんなに問題ではないわ。思い出したくないでしょうが死武専創立記念日前夜祭…あなたたちは私を含めたった4人+αにしてやられた。あのトキのメンバーはすでにババ・ヤガーの城に潜伏させています。彼らもこの闘いで大きな戦力になってくれるわ」

死武専創立記念日前夜祭。
死武専に潜伏していたメデューサと彼女の指示で死武専へ侵入したフリーとエルカ。そしてミズネシスターズ。
彼女達の魔女としての実力はメデューサに及ばないにしても力は十分ある。
不死身なフリーは言うまででもないだろう。

「死武専側に用意してもらいたいメンバーは私が選出させてもらいます。余計な思考を持ち込まれては、作戦の進行の妨げになる――…生徒中心で構成させていただくわ」

その言葉に、スピリットは怪訝な表情を返した。
子供たちを魔女に預けるのが嫌なのだろう。
気にせずメデューサは言葉を続けるために口を開いた。

「まず、一番重要な"魂感知能力"に長けている者。次に常に冷静な判断ができ、チームに平常心を与えられる者。それと、単純に力の強い者―――私の知る限りではブラック☆スター君なんていいわね…」

「アホか?子供たちをお前に預けろっていうのかよ?」

「私が指揮をとらなくても対アラクノフォビアに生徒の力も必要とされる。そうでしょ?」

不満そうなスピリットではあったが、メデューサのその言葉には返す言葉もない。
メデューサが言う"少人数での戦い"が不可能な死武専は、大規模な戦争を仕掛けるしかなく、そうすると二つ星職人は勿論のこと。一つ星職人だろうと生徒だろうと戦争に借り出されてしまうだろう。
そうはなってほしくないと願うが、それでもメデューサの提案は。

「私もしばらく死武専で働いていてあなたたちの人間性…それに死神様に対する誠実さも理解している。仲間を守るコトを第一に作戦をする。私の持ってる情報が劣化するまで少なくてもあと5日――…2日以内に私の条件をのむか…答えをくださる?」

その問いに、スピリットと死神は沈黙した。
何か策は無いかとスピリットは考えるが何も浮かばない。
しかし、死神は静かに口を開く。

「なら、そうだね。ナマエちゃん一人で足りるんじゃないかな?」

「……………………」

ナマエという名前に、メデューサは一瞬だけ過剰に反応した。
スピリットも「何を」と口を挟むが、死神は気にせず言葉を続ける。

「魂感知能力にだって長けてるし冷静な判断も出来るし、力も強い」

「笑えない冗談ね死神。条件を1つ加えるとしたら『神狩りをこの作戦のメンバーにしないこと』。それだけよ」

死神は何を思っているかわからない仮面でじっとメデューサを見つめるだけ。

「死神。あなたがそこまでアレを可愛がる理由がわからないわ。アレはそんなものじゃないでしょう」

「ナマエちゃんは死武専の生徒だからね」

「"今は"でしょう。もしかして、アレを普通の職人として扱ってるわけ?アレは、死武専の敵でもあったはずでしょう」

「"アレ"呼ばわりはやめろ。アイツにはナマエっていう名前が」

「あなたも随分と丸め込まれているようだけど、その"ナマエちゃん"があなたの娘を殺さないっていう保障はどこにあるのかしらね」

「なっ……………!」

「死神もよ。あなたの息子…キッドくんとか言ったかしら。ナマエちゃんが彼を殺さないだなんて言い切れないでしょう?」

重たい沈黙。
それに対して何も言わない彼らはナマエを信じていて何も言わないのか、それとも。
過去は過ぎ去ったものであるが、それ故に取り返しがつかない。
終わったあとでは―――遅すぎるのだ。

「それを言うなら、アイツがお前の言った通りに黙って作戦に参加しないと言い切れるのか?」

「え……?」

スピリットのその言葉は予想外だったのか、メデューサが驚いたように目を見開く。

「『メデューサが条件の一つにお前を入れないことと言った』なんて言えばアイツのことだ。嬉々として作戦に参加するだろうよ」

「そんなこと……!」

「お前は知らないかもしれないがな、メデューサ。あいつは嫌いな奴には積極的に嫌がらせをしていくんだよ」

勝ち誇ったように言い放ったスピリットに、苦虫を噛み潰したような表情でメデューサは言葉を失った。

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