「先程、とある人物から垂れ込みがあってな」

「あれ。シド先生。こんな地下にまで一体何の御用ですか?」

先程のシドの言葉を聞いていなかったとでもいうように、ナマエは笑顔で振り返った。
シドが気配を消していたわけでもないし、もし消していたとしてもこの空間に誰かが入ってくればいくらなんでもわかるだろう。
だからこそ、聞いたうえでのその反応だと、シドは眉間に皺を寄せた。

「『三名の魔女がデス・シティーに潜んでいる』…そういう垂れ込みだったんだ」

「へえ……………」

シドのその言葉に、ナマエは初めてシドへと興味を持ったかのように反応する。
その次の言葉はなんだろうかと想像しながら、ナマエはじっとシドの言葉を待った。

「知ってたな」

もはや疑問文ではないそれに、ナマエは表情を変えない。

「だとしたら?」

その言葉にシドが動くかと思われたが―――しかし。
シドは、あと一歩のところで踏みとどまった。
それが意外だったのか、ナマエは少しだけ表情を崩す。
シドは静かに目を閉じ、思い出す。
あの夜、シュタインは犯人ではないと言い放った彼女。
だけど―――彼女は、その犯人すらも知っているのではないかという疑問。
しかしそれがたとえ本当だとして、彼女は答えないだろう。
それが死神様の言っていた彼女であり、シュタインが嫌っていた彼女なのだから。

「魔女は、嫌いだと聞いた」

「そりゃもう。殺したいくらいに」

「なのに何故、庇うような真似を」

「それは」

そこで一旦、ナマエの言葉が途切れる。
まさかとは思っていた。そうであるかもしれないと期待はしていた。そして、この反応は。

「そのうちの一人が、死武専生だから……か?」

「……………………」

シドは、魔女の名前が書かれている紙を強く握る。
そのリストの一番下に、死武専生である"キム・ディール"の名前が綺麗な文字で記されていることをナマエは知らない。
シドの期待を込めた眼差しに、ナマエはゆっくりと微笑んだ。

「――――そんなわけないでしょう」

「っ……………!!」

期待した自分がバカだった。人の形をしている彼女に人間らしさが少しでもあるんじゃないかと想像した自分が愚かだった。死神様との取引があって嫌々死武専生をやっている彼女に多少なりとも死武専生としての絆や想いが芽生えてるんじゃないかと夢を見ていた自分が情けなさ過ぎて笑えてきた。自分は、生きていたときもこんなバカな人間だったとでもいうのだろうか。ふざけるな。こんな奴が、どうしてのうのうと生きているんだ。

「それは、ね……。その後のことが、私にとって重要だからだよ」

大切であり最優先事項だと、ナマエは微笑む。


「―――勘違いしているようだけど、死人君。彼女は私達の味方でもなんでもないんだよ」



死神様のお言葉は、確かに正しかったと再認識した。
自分が望んだことが起きる為ならば、彼女は何もしないという選択肢を平然と取る。
それで世界がどうなろうと、彼女の知ったことではないのだろう。
だからこそ腹立たしかったし、だからこそ気味が悪かった。
しかし、今重要なのはそれではない。
普段のシドならばはいそうですかとこの場から立ち去ってしまったであろう。だが、何故か、シドの頭はその言葉に引っかかった。

「"重要"………?」

ふと、顔を上げてしっかりとナマエを見つめる。
しかし、その表情は普段のそれと大差ない。

「"重要"って、何が…何が、お前の最優先事項だ……?」

「…………最優先事項っていうのは言いすぎかもね」

そんなヒントだけを残し、ナマエはシドの横を通り過ぎて外へと出ようとする。
「どこへ行く」という問いに、ただ「授業」とだけ言葉を零した背中を見つめ、シドの思考は動き出した。
重要。最優先事項とはいかなくとも優先すべき出来事。今、世界では何が起こっているのか。その過程と結果。シュタインとマリーの逃亡。謎の垂れ込み。BREWを使った戦い。狂気感染。恐怖が目に見える形となり、直接狂気にとりこもうとする力。そして鬼神がいない今、未だこの地下室に住んでいる少女。ナマエ。

「……………………って、わかるはずないか」

シュタインのような分析能力があるわけもなく、シドは諦めてその部屋をナマエの後を追うように出て行った。
そして、その謎の答えが判明するのは、そう遠くない。


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