「B.Jが襲われた…シュタイン、お前を逮捕する」

扉を開けて突然そう言われたのは何日の夜のことだろうか。
それすらももうわからなくなっていたが、とりあえず暗かったことだけは覚えている。

「待ってくれ何かの間違いだ」

前に先輩、後ろにシドを引き連れてシュタインは暗い道をあるいていた。
シュタインの言葉に耳を傾けるスピリットに、シュタインは笑いながら言葉を口にする。
その目は酷く虚ろなもので。

「俺はB.Jに取り調べを受けた後、家に戻り一歩も外に出ていないんだ…なぜ俺なんだ?」

「B.Jが襲われた現場にお前しか吸っていないタバコが落ちていたんだ…」

「それにお前…ヤニくさいぞ。吸っていたな?」

「……………」

疑問を口にしたシュタインに返って来た答えは酷く現実味を帯びた声音だった。
そんな現実離れした雰囲気に、シュタインは無意識のうちに笑っていた。

「何だそういうコトか…冗談はよしてください…みんなで俺を驚かすつもりだな…サプラ〜イズ。ビックリしましたよ…その手にはひっかかりませんよ」

ヘラヘラと笑うが、それに対し返ってきたのは「本当に冗談だと思っているのか?」というスピリットの冷たい視線だけ。
その答えに「じゃあ何で俺なんだ」とシュタインは暴れるが、シドが後ろからおさえて暴れにくくする。
思考と感情が次々と変化しまとまらないシュタインを見てスピリットは困惑してしまう。
しかしその困惑もすぐに消え、信じようと顔を両手で覆うシュタインを静かに見つめた。

「ここは……」

そして立ち止まった彼らにつられシュタインも静かに立ち止まる。
シュタインが辺りを見渡して見れば、そこは見覚えのある墓地。
てっきり死神様のもとへ連れて行かれるものだと思っていたシュタインであったので、一瞬だけ冷静さを取り戻す。


「―――――ナマエ…」


マリーやナイグスに続き、木のかげから出てきたナマエの姿を見て、シュタインは静かに彼女の名前を口から零した。
次いで泣きそうなマリーを見、その拳を握りしめる。

「B.Jが襲われたっていうのは本当なのか…」

一気に現実が押し寄せた。
現実と虚構の間を彷徨い虚ろになっていた自分の視界が鮮明になる。
再び狂気でモザイクがかろうと、今この瞬間だけは握りしめる手に力が入った。

「ああ。鋭い刃物のようなもので胸部や身体の至るところを裂かれ、意識不明の重体―――いつ死んでもおかしくない状態だそうだ。魂もボロボロで、もし意識が戻ったとしても以前のように職人としては生きられないだろうというのが医者の見解だ」

暗い空間に、酷く冷たい静寂が訪れる。
しかし一歩、シュタインは前へと出た。

「お前がやったんじゃないのか」

「シュタイン……?」

「お前が!また!!俺達の仲間を―――!!」

「やめろシュタイン!血を流していたB.Jをナマエが発見したから一命をとりとめてるんだ!!」

ナマエを睨むように口を開いたシュタインの様子にシドは疑問の声を漏らしたが、いち早くスピリットがナマエへ掴みかかろうとしているシュタインを背後から必死に止める。
しかしナマエは何も言わずにシュタインの叫びを聞いているだけ。

「ナマエなんかを死武専に置くからいけないんだ!お前はあのとき俺がこの手で殺すべきだった!!なんで止めるんですか先輩!!先輩だってそう思ってるでしょう!コイツを生かしておいたからB.Jは!!」

「シュタイン!お前だってわかってるだろ!あのときナマエは―――」

「シュタイン」

そう静かにシュタインを呼んだナマエに、スピリットは声を荒げることをやめる。
呼ばれた本人であるシュタインも、驚いたようにその虚ろな目でナマエを見下ろした。
ナマエは唖然とするマリー達の横を通り過ぎ、シュタインの目の前に立つ。
そしてそのまま、ナマエの右手がシュタインの心臓へと伸びた。

「B.Jさんを襲ったのは、私じゃない」

「っ―――――!!」

ナマエの言葉と共に、シュタインの身体から力が抜ける。
スピリットはシュタインがもう暴れなくなったとわかったのか、おさえていた手を離し、シュタインから一歩遠ざかった。
そのままシュタインは顔を伏せていたが、突然ナマエへと両手を伸ばすと、力強くナマエを引き寄せる。

「なっ!?」

「………わかってる」

その行動を予測していなかったのか、ナマエはシュタインの胸板に思いっきり鼻を打ち付けてしまう。
スピリット達もそんな想定外のシュタインの行動に驚いたように目を見開いた。
ナマエを抱きしめるその腕に、段々と力が入る。

「わかってる、んだ……」

「シュタイン………」

その消え入りそうな声に、スピリットは静かにシュタインの名前を呟いた。
しかし次の瞬間、真剣な表情に変わり本題へ戻る。

「今回の件は重罪…それにあのB.Jの容態だ。今、死武専に戻った所でお前に待っているのは極刑だけ。情けないが俺たちにはお前の無罪を証明できない。B.Jは何か大きな狂気に巻き込まれたに違いない。犯人を捕まえられるのはシュタインしかいない…B.Jの仇をとってくれ…みんなお前を信じてる」

ナマエをしっかりと抱きしめながら、シュタインの頭の中にスピリットの声がストンと入ってきて。
シュタインのナマエを抱きしめる腕に更に力が入ったことに気付いたのは抱き絞められているナマエだけだった。
泣きそうに顔を俯かせるマリーは、ただただじっとそれを聞いている。

「マリー…ホントにシュタインについて行く気か?B.Jの仇を討ちたい気持ちはわかる。だけど彼についていってもマリーの幸せはどこにもないぞ…それに、いつ目を覚ますかわからないB.Jの側にいてやった方がいいと私は思う」

ナイグスの言葉に、ゆっくりとマリーは顔を上げる。
そして、その決意の瞳が真っ直ぐにシュタインを捉えた。

「だからついていくのよ」

静かな、それでいて強いその言葉にナイグスは目を見開く。

「シュタインはいつも孤独…でも本当に一人にしたら壊れちゃう…それにジョーと約束したの。この人をしっかり見守ってやるって…」

「…………い、」

「え?」

微かに聞えた言葉に、マリーはシュタインの方を向く。
しかしシュタインが言った言葉ではないようで、俯いたシュタインの腕の中にいるナマエへ視線が降りた。

「苦しいって言ってんだろこの変態科学者あああ!」

「ええええ!?」

「なんっでみんな普通にシリアスに会話続けちゃってんの!?私コイツに窒息死させられそうだったんだけど!?仲間殺しは重罪でしょう!?嫌がらせかこのネジ野朗……!」

「ナマエ、キャラ変わってる変わってる」

あろうことか自分を抱きしめていたシュタインに魂威をくらわせ、受身も取らずに枯れ木へ背中からぶつかったシュタインを指差しながらそう叫ぶナマエにマリーは驚いたように声をあげた。
しかしスピリットは慣れているのか冷静にナマエのキャラについての指摘をしている。
ナイグスもシドも呆れたようにそんなナマエを見つめていたが、ナマエは平然と深呼吸をしていた。

「しばらくお前に会えないんだ…今のうちにたっぷりと嫌がらせをしておこうかと思ってな」

「あーそうですかありがとうございますー」

「小学生かお前らは」

スピリットのツッコミを受けながらシュタインはナマエの攻撃をなんとも思っていないとでもいうように立ち上がり、マリーの元へと歩いていく。

「行きましょう」

「ああ」

そして振り返ることなく、マリーとシュタインは墓地から立ち去る。
そんな背中を見送りながら、4人は真剣な表情でこれからどうするかを話し合った。


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