「おはようございます。マリー先生」

朱唇の端をつりあげる少女。
並びの綺麗な歯達が露わとなった。
とても綺麗な笑顔なのに、明らかに普通とは隔絶したものであるようにマリーは感じた。




――――神狩り。




少女をそう呼ぶ者もいる。
もっとも、少女をそう呼んだ者のほとんどはその名の通り狩られてしまったのだが。

「……ええ、おはよう」

自分を『マリー先生』と呼ぶ彼女のことがマリーは苦手だった。
いや、苦手というよりは、どう関わればいいのかがわからないと言った方が正しいだろう。
しかしそれでも彼女に惹かれている自分に、更にマリーは戸惑っていた。
それは彼女が自分のことを『マリーさん』と呼んでいた頃からなのか『マリー先生』と呼び始めた時からなのか。
そんなことはわからなかった。

「それじゃあ、私は準備があるから……」

そう言って、自分の気持ちに答えが出る前にナマエへ背を向ける。
彼女の足下で白い尾がゆらりと揺れた気がしたが、そちらに目を向けるでもなく重たい足を進めた。
しかしお願いだから引き止めないで欲しいという願いも虚しく、ナマエは静かに口を開く。

「ああ―――マリー先生」

「(―――――え……?)」

名前を呼ばれ反射的に振り返ったマリーは、驚いたように目を見開いた。
ナマエの服装が、生徒のそれではなくなっていたのだ。
椿かと一瞬見間違えたが―――違う。
忍者のような服装を身にまとったナマエの手に、白く細長いクナイが握られていて。

「私に殺されてくれませんか?」












ゆっくりと、不味いコーヒーをカップに注ぐ。
そして目の前にいる男に、スピリットはそれを手渡した。

「よく来てくれた、B・J。お前の魂の揺れを微妙に感じとれる能力。期待しているよ」

コップ越しにも熱さが伝わるそれを受け取り、B.Jと呼ばれた男はそれを見下ろす。
揺れがおさまった水面に、無表情な自分の顔が映りこんだ。

「ホントは内部調査官の顔は見たくないんだがな」

「ですよね。僕も元はみなさんと共に戦う職人だったんですけどね」

「いいコーヒーも用意出来ず悪いが――…さっそく調査の方を…」

「あ…その前に聞きたいことが…」

そう言ったB・Jを見ながら、スピリットはコーヒーを一口のむ。
その不味さに表情1つ変えないところからして、スピリットはもうその不味さに慣れたようだ。

「?何だ?」

「死武専に潜りこんだスパイ。アラクノフォビアの手の者と考えてよろしいのですか?第3勢力の可能性は?」

「俺も死神様もアラクノフォビアの線が濃いと思ってる」

B・Jの質問にスピリットは即答する。
事実、鬼神はどこかえ消え、アラクネが復活し、狂気は感染しているのだ。
しかしB.Jは納得がいっていないのか、言葉を選ぶように慎重に口を開く。

「死武専に来る前、資料をいくつか見させていただきました。死武専創立記念日前夜祭――…鬼神復活を成功させた魔女メデューサの一派という線は考えられますか?」

「いや、あの一派は…」

「あッ、待ってください」

そう、B・Jはスピリットの言葉を遮った。
そしてそのままゆっくりと右手を上げ、拳をスピリットの胸へと当てる。
「どうぞ」という低く静かな声に、自分の心拍数が上がったのがわかった。

「あ…あぁ…メデューサは俺とシュタインがこの手でとどめをさし、消滅する所まで確認した…。メデューサ一派はその名の通り、魔女メデューサのワンマンチームだ。リーダーを失ったことで統率力はなくなっている」

B・Jの閉じられた瞳が、ゆっくりと開かれる。
だが不思議と、恐怖は感じない。
しかし何故か、ナマエの瞳を思い出して一瞬、鳥肌がたった。

「俺は…その線はうすいと思っている」

目を逸らさずに、はっきりと本心を口にする。
ああして会話をしてはいたが、彼のこうした実力は本物だ。
これがあれば、フェイクとして魂を隠している魔女の魂だって感知できるであろう。
しかしだからこそ―――危険でもある。
そして静かに、B.Jの手がスピリットの胸から離れていった。
ほっ、とスピリットは息をはく。

「わかりました。第3勢力の線は残しつつ、アラクノフォビアであらっていきます」

そこで初めて、B.Jは手にしていたコーヒーに口をつける。
そして無言のまま、その表情は険しいものへと変わった。

「先輩…このコーヒーなかなかうまいっスよ」

すぐに笑顔に戻りそう言うが、スピリットは「そんなウソ、誰でも見破れるよ」と意地悪な笑みを浮かべる。
そして内部調査ようの部屋を開けようと、扉のノブに手をかけた瞬間、それは起きた。

「「!?」」

爆発音のようなものが、死武専中に響き渡る。
何事かと驚いたスピリットはノブから手を離すが、B.Jは慌てて魂感知能力を発動させた。

「……マリー!!?」

「あ、おいB.J!!」

コーヒーをポットの横へ置き、慌てたようにB.Jは走り出す。
その背中と手にしていたカップを交互に見て、スピリットも急いでその後を追いかける。
あとに残されたカップの中で、コーヒーは静かに水面を揺らしていた。

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