夜。
闇に包まれるデスシティーで、闇より暗く笑う者がいた。
その者と対峙している者は、空ろな瞳でフードをかぶった小さな女の子を見つめるだけ。

「にゃぁ………」

「あら?」

「ね、猫……」

その場に、ゆっくりと白い猫が歩いてきた。
女の子はそれを見て年相応に微笑むが、すぐにその奥を睨みつけるように表情を変える。
空ろな目をした者はただぼんやりとそちらを振り返った。

「……これは予想外の展開ね。まだあなたと出会うべきではないと思っていたのだけど」

「メデューサ様?」

「あなただって私に用なんてものはないでしょう?―――神狩り」

「今の私には"ナマエ"っていう名前があるんだよ。蛇女」

「あら。それは喧嘩を売ってるのかしら?」

名乗った少女は白いスカートを揺らしながら立ち止まる。
暗闇から現れた少女に驚きもせず、白猫はゆっくりとナマエの足元に座った。

「そんなつもりはないよメデューサ。そして用ならちゃんとあるよ」

「………?私を狩るつもり?」

「あはは。何?狩ってほしいの?」

「冗談でもそんなことを言わないでほしいわ。今の私はこうなる前の半分の力も無いのよ」

「魔女って嘘吐きばっかりなんだね」

「メデューサ様……神狩りってまさか…」

今まで彼女達の話を訊いていた空ろな目をした人間が、恐る恐る口を挟む。
メデューサがナマエへ向けていた鋭い目のままそちらへ視線をうつすと、驚いたように「ひっ」と小さく声を零した。
どうやらとても気弱な性格らしい。

「ええ…まあ、この際いいわ。どうせあなたには手におえないでしょうから」

「………………?」

「誰にもつかず、誰も従えず。何の感情も思考もなくただ魂を狩る存在―――それが彼女よクロナ」

「人を人外みたいに言わないでくれる?」

「あら。自分を人だと思っていただなんて。そちらの冗談のほうがよっぽど面白いわ」

「ていうか早く帰りたいからさっさと本題に入っても良いかな」

はあ、とナマエが溜息をつくと同時、白猫は鳴いて姿を消してしまう。
メデューサはその猫を眉間に皺を寄せて見送った。

「で?私を狩る以外の用ってなにかしら」

「エイボンの書を返してもらおうかと思って」

「…………気付いていたのね」

「図書館で借りたものは返さなくちゃいけないんだよ。知らなかったの?」

「へえ、そうだったの。ごめんなさいね。私ってば魔女だから…世間を知らないのよ」

2人共笑ってはいたが、メデューサは内心焦っていた。
この展開からどう逃げようか―――先ほどのクロナとの会話はどこまで聞かれていたのか。
ナマエはこのあとどう出るのか。
全てがわからない。

「あなたは、あれを読んだことがあるの?」

「……………………」

なにか反応があるかと身構えたが、ただ笑みを浮べたまま口を開こうとしないナマエに、メデューサは笑みを消した。

「本当にわからないわね……目的も、あなたがそうして死武専にいることも」

「わからなくていいしわかろうとしなくていいよ」

「あなたのことなんてわかりたくもないわ。ただ、私に協力してほしいのよ」

「協力………?」

クロナはどうしようかと2人を交互に見ているが、何もしないほうが懸命だろうと目線を下に下げながらただ黙って話しに耳を傾けている。
自分に聞かれたくなければどちらかが去るように言うだろうし、メデューサが何も言わないということは自分に関係のあることなのだろう。

「この子の―――クロナの手伝いをしてくれないかしら」

そうは言うが、ナマエが手伝いをしてくれるなどとは微塵も思っていない。
先ほどの会話を、どこまでナマエに聞かれたのかを試すための質問である。
そしてその作戦は見事に成功した。

「手伝い…?一体何の」

「いえ……そうね、マカ達と仲良くしたいらしいのよこの子。そういうのはあなたの方が私よりわかってるでしょう?」

「あー………えっとね、挨拶すれば良いらしいよ」

「え?なにそれ?」

「いや、私も人に聞いたんだけどね…」

まさかの返答に目を丸くするメデューサであったが、その反応にナマエは気まずそうに目を逸らす。

「まあ…いいや。手伝うかどうかは別として、本は返してくれないみたいだしね」

「力ずくで奪わないのね。ありがとう」

「本当にあなたが持っているのかも疑わしいしね」

「人を信じなさいよ」

「あなたは魔女でしょう」

「………はぁ、口の減らない人ね」

呆れたようにフードをかぶり、そろそろ撤退しようかと横の路地へ視線を送る。
暗闇が誘っているそこに入るのは普通の人ならば躊躇うであろうが、メデューサは一刻も早く闇へ溶けてこの場から消えたかった。

「じゃあ、またね」

「…………もう会いたくないわ」

「ひどいなあ」

「そういえば、さっきの猫はあなたの?」

「……?そうだけど?」

「そう。可愛らしいのね」

「あげないよ」

「あら残念」

その声も聞かず、ナマエはメデューサに背中を向けて来た道を引き返す。
小さくなる背中が完全に消えたのを見てから、メデューサはクロナへ視線を戻した。

「ケケケ。あれがあんたの言ってた"神狩り"か」

「そうよ。でも本当に…今ここで会うことは予想外だったわ。出来ればもっとずっとあとで会う予定だったのだけど……そう上手くは運ばせてくれないってことね」

「あ、あの、メデューサさま。ぼ、ボクは……」

「隙をついて彼女を刺しなさいとは言ったけれど――恐らく無理ね。先ほど言ったようにそのままスパイと続けていなさい。そしてこうして縁が出来てしまった以上、あなたもアレには気を付けなさい。くれぐれも仲良くなっちゃダメよ?」

「は、はい…合点了解です……」

空ろな目で笑うクロナを残し、メデューサはその場を去る。
不気味に聳え立つ死武専を背にし、ケラケラと笑いながら足を進めた。


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