名前を呼ばれたのは、死神の部屋に入ろうとしていたときだった。
「……あぁ、あなたは確か死神様の…」
「父上に何か用か?」
「いや…大したことじゃないよ」
ナマエは後ろから声をかけてきたキッドに対し、困ったように笑みを浮かべる。
キッドはそんなナマエを観察するように睨み付けた。
年齢は、見た感じ自分とたいして変わらないか少し上くらいの歳だろうか。
髪は夜のような黒、そしてぱっちりとした闇のような瞳はじっとこちらを見ている。
そしてその笑顔は酷く薄っぺらく、それゆえにキッドがナマエの感情を窺い知ることは出来なかった。
ただ、その幼さには似合わぬ闇のような冷たさがあるように思える。
「……えっと、先に入る?私は後でも大丈夫だし」
「いや。互いに見せる背中は持ち合わせていないだろう」
その言葉に、ナマエの笑顔は苦笑いに変わる。
「どこまで聞いたの?死神様に」
「何も。それに聞いたとしても教えてくれないだろうさ。貴様は敵か?それとも味方か?」
「敵だと言ったら?」
「排除するまでだ」
そう言って拳銃を二丁構えるが、ナマエは何もしない。
隙だらけのナマエにキッドは眉間に皺を寄せ、じっと見つめる。
「………生徒に手を出すことは許可されていない」
「口調が戻ったな。それが素か?」
「いいや。契約内容に関するときだけだ」
「その"契約"とやらの内容について教えてもらおうか」
「それは出来ない」
ナマエの表情から笑みが消え、思い出すは鬼神復活の夜。
ブラック☆スターを殺す気で降り下ろした刃を止めたときに見上げた目と、同じ目。
無意識に、ナマエの手元へ意識が行った。
その手に武器は握られていなかったが、安心など程遠かった。
「しかし死武専の生徒として通っているのは契約のせいでだ。つまり、何らかの目的があって存在するわけじゃない」
「それを信じるとでも?」
「死神に聞けばいい。この提案をしてきたのは死神だ」
「父上が………?」
死神という単語を出したことで、キッドの警戒が揺るむ。
「私が死神と契約してる限り、私はごく普通の死武専生と同じだ。まあ特に口止めもしてないし他の人達に言っても構わない」
「言えるわけがないだろう。そんな危険分子と父上が契約して、しかも死武専の生徒をやっているだなんて」
「うん?そっか。そうなんだ」
―――わからない、と素直にそう思った。
キッドは目の前の、人の形をした"何か"にわからない恐怖を感じる。
形があるはずなのに、中身が無い。
まるで空っぽだ。
この女には何も無い。
「いや――まあ、私としてはあなたと仲良くしたいんだけどね」
「オレと、お前がか?」
「うん。近い将来、その方がお互いのためになるかもしれないし」
「そ、それはあれか!けけけ結婚とかか!」
「リズ、いきなりなんだ!?」
ナマエの言葉に反応したのは、キッドではなく銃のリズであった。
リズはキッドの意思に反し、驚きのあまり人へと変わってしまう。
そのことに驚いたキッドはリズの言葉を聞いていなかった。
「え、えっとあなたは…?」
「私はエリザベス・トンプソン。リズって呼ばれてる。ナマエだっけ?これからよろしく!」
「おいリズ。こんな奴に挨拶など…」
「何言ってるんだよキッド!ナマエは将来私の妹になるかもしれないんだぞ!」
「はあ…?一体何を言っているんだ……」
わけがわからない、といった顔を浮かべるキッドの左手の銃が光る。
今度は突然ではなかったため、またか、と呆れ顔をしたキッドが素直に銃を手放した。
「じゃじゃーん。私はパトリシア・トンプソン!お姉ちゃんの妹だよーん。パティって呼んでね!よろしく!」
「うん。よろしく。リズとパティ…あとキッド」
「オレは別によろしくするつもりはない」
「おい!…ごめんな、ナマエ。キッドってほら、ツンデレだから」
「誰がツンデレだ!!」
キッドがキレるが、リズはナマエのことを抱きしめて頭を撫でまわしている。
ナマエはされるがままになっていて、それを見てパティは爆笑していた。
もうこうなってしまえばどうにも出来ないと判断したのか、キッドは怒りマークを顔に浮かべたままナマエへ背中を向ける。
リズに撫でまわされながらも、茫然とナマエはそんなキッドを見つめた。
「…私に見せる背中はなかったんじゃなかったの?」
「知るか!オレは帰る!!」
そう怒りを露にしながらがに股で去るキッドを見送りながら、「怒らせちゃったみたいだね」とまるで他人事のようにナマエは呟く。
「まあ気にするなって。キッドっていっつもあんな感じだもんなパティ」
「うん!」
「そ、そうなんだ……」
そういえば、と思い出したようにリズが勢い良くナマエから離れる。
「死神様に何か用あったんだろ?悪いな引き止めて」
「あー、あったんだけど、もう良いかな」
「?」
「キッドと仲良くするにはどうすれば良いかを訊きに来たんだよね、実は」
そう苦笑いを浮べたナマエを見て、リズとパティは顔を見合わせた。
そして、勢い良くリズが再びナマエを抱きしめる。
「ははは!なんだそれ!そんなの適当でいいんだよ!」
「て、適当……?」
「お姉ちゃんも適当に生きてきたもんねー」
「お、おいそのことはあんまり関係ないだろ…」
笑顔できついことを言うパティにも、流石姉妹というかリズは苦笑いで流す。
「朝の『おはよう』とかの挨拶とかしたり、」
「昔は挨拶の代わりに『金出せよ!』だったよ!」
「それはダメなんじゃないかな…」
「ああ…友達無くすぞそれやったら……」
所々でチャチャを入れてるパティに「頼むから静かにしてろ」とキャンディをあげると、パティはナマエを見つめながらそれを口の中
で転がした。
結果的にパティは喋らなくなったので、扱いが上手いな、とナマエはリズを見上げて感心した。
「ま、キッドとのことは私に任せなよ」
「お姉ちゃん私はー?」
「パティは……うん、2人で頑張ろうか」
「ありがとう、2人とも」
「いいっていいって!友達なら当然だろ?」
「お姉ちゃん、そろそろ追いかけないと」
「そうだな…死武専中のものを左右対称にしてそうだ……じゃあなナマエ!また授業で!」
「え、あ、うん。バイバイ」
慌てて走っていく2人の背中を見送りながら、ナマエは静かに息を吐く。
後ろで閉まっているドアを振り返ることもせず、静かに歩き出した。
「まあ、息子のパートナーと仲良くなれたのは良い展開かな―――前もそれで、上手くいったわけだし」
そう誰に聞かせるでもなく呟いた声は、廊下に反射することなく消えていった。