ぺたぺたと、裸足の足音が冷たい空間に響き渡る。
空気は重く、空間は冷たく、本来ならば一秒たりとも存在したくない場所。
―――ババ・ヤガーの城。
「あらあら…愛らしい姿だこと。ねェ?メデューサ」
そう低く妖艶に言葉を零したアラクネの目線の先にいたのは、小さな子供の姿をしたメデューサであった。
「こんな辺境の地へ何かご用かしら?」
「ただのあいさつよ?妹として当然でしょ?」
2人の姉妹は対峙する。
「相変わらず盗み見が得意のようで」
「あなたこそ何も恐れず私の所へあいさつに来る所なんて何も変わってなくてよ」
アラクネは始終メデューサを見下していたが、メデューサは対して気にしていない様子。
平然と笑みを浮かべ、アラクネを煽っているようにも思える。
会話を普通に続けているようではあったが、途端、アラクネの殺意が鋭くなった。
「何故ここに来た?500年前の死神との戦いのトキ、私を裏切り窮死に追いやった者がいる…アラクノフォビアに一人で乗り込んで来てただで帰れるとお思い?何が狙いだメデューサ…」
その殺意にも驚かず、メデューサは笑みを深くする。
「やめてよアラクネ。姉妹がお互い復活したのに顔を合わせない方が不自然じゃない?」
そうやってアラクネに背を向けた瞬間、メデューサを取り囲むかのようにアラクネの配下にいる者たちが威圧する。
それを見て焦る様子もなく、メデューサは一瞬だけ全員を観察するかのように見て、笑った。
「そうだわ…"神狩り"の情報を教えてあげる」
「…………………下がれ」
そのアラクネの声は、先ほどメデューサへと告げた声よりも冷たく、低く。
そんな声にミフネは少しだけ眉をひそめるが、他の者は言われるがまますぐに下がる。
次いでミフネも立ち去り、そこにはアラクネとメデューサの2人だけが残った。
「どうせあなたのネットワークでも彼女のことは把握できてないんでしょ?」
「何がお望みかしら?」
「いいえ。別に…妹としてただ情報を提供しているだけよ。"アレ"は私にとっても邪魔だから」
「……………………」
メデューサの笑みにアラクネは少し眉間に皺を寄せるが、黙ってメデューサの言葉を待つ。
「彼女は今、死武専にいるわ」
それだけ言って、メデューサはアラクネへ再び背を向けて歩き出す。
今度は何も言わずに、アラクネも何も言わずに―――2人の姉妹は再び別れた。
「いいのか?アラクネ」
どこからか現れたギリコが、メデューサが去った方向を見ながら呟く。
「ええ…。それに、思った以上に収穫がありましてよ」
「収穫?」
「"神狩り"…あいつが今どこに存在しているかを知れただけで、十分すぎるほど……」
「その"神狩り"って一体なんなんだ?」
「知らないのか?やはり脳みそも錆びた歯車だらけのようだな若僧」
そして、音も無くモスキートが現れる。
そんなモスキートに対し青筋を浮かべるギリコであったが、アラクネの「よい」という言葉で2人は対峙するのをやめた。
「知らぬなら知らぬままが良い……関わらなければ害は無いのだから」
「だけどよ…」
「1人くらい"アレ"と関わりが無い者が居た方が動きやすいというもの。こういった話をすること自体、本来なら危険でしてよ」
「………………」
アラクネの言葉に、ギリコは納得がいっていないようではあったがもう喋ろうとはしなかった。
あのアラクネがここまで危険視するのだ――いくら頭に血が昇りやすい自分でも、迂闊な行動はしないほうが良いと判断したのだ。
「あの時はまだ名前なんてものは無かったから"神狩り"だなんて呼ばれていたようだけど…まさか死武専にいるだなんて。おかしなこと」
そこまで言って、アラクネは扇子で口元を隠す。
何かを考えるようにこちらから視線を逸らしたアラクネに、モスキートを一瞬睨み付けたあとギリコはその場から姿を消した。
モスキートはそんな視線に気付いていたが、そちらを見ようともせずただアラクネを見上げるだけである。
「アラクネ様。もしその"神狩り"が死武専側についたとなると―――」
「フフフッ」
モスキートの言葉に、何がおかしいのか、アラクネは笑いを零した。
そんなアラクネの反応を疑問に思い、モスキートはじっとアラクネを見上げる。
「"神狩り"が死武専側に…?ありえない。もしありえたとしたら、ソレは最早"神狩り"では無くてよ」
アラクネの言っていることがわからなかったのか、モスキートは眉間に皺を寄せたままアラクネに背を向け闇に溶けた。
そして、そんな会話をじっと暗闇で聞いていたミフネはアンジェラの待つ部屋へと戻るためにゆっくりと歩き出す。
「("神狩り"………)」
その単語を聞いたのは今日が初めてであった。
そして、何故か思い浮かぶのはこの前戦ったあの少女。
「子供?私実は800歳以上ですから。容赦なんていりませんよ」
「………まさかな」
自重気味に笑いを零し、部屋の扉を開ける。
しかし次会えば、容赦をすることはないだろうと確信していた。
手など抜けば―――こちらがやられる。
だからこそ、そんな力量を感じたからこそ―――何故か彼女を思い出してしまった。
「"神狩り"……確かに、邪魔でしかないようだ」
ミフネの考えも知らず、アラクネは一人、部屋の中央で闇へと呟く。
世界中に散らばる蜘蛛のネットワーク。
それにすら引っかからない彼女の情報。
メデューサの情報が嘘でも本当でも、どちらでも良かった。
どうせ自分の復活のことについては知っているだろう―――故に。
「会えるのを楽しみにしててよ?"神狩り"」
そう上品に笑うアラクネと同調するように、暗闇も静かに笑った。