流星か、稲妻だった。
月と雲しかない夜空を背景に、あちらこちらで火花が散る。

「(――こんなの無茶苦茶よ!)」

珍しくも胸中で弱音をこぼし、マリーは少女を見定めた。
今度は左で、そう思えば空中で、そして右、上、と白があちらこちらに瞬間移動する。
人間がこんな異常な速度で動くのを、マリーは見たことが無かった。

「マリー先輩、私達も!」

「そうしたいのは山々だけど――下手に手を出せないわ…こんなの……」

そこから先の言葉が、出てこなかった。
東アジア担当のデスサイズである梓と、オセアニア担当のマリー。二人は、先日の鬼神復活を受け、死神様直々に死武専へと招集されていた。
彼女たちだけではない。まだ到着していないが、死神様は他のデスサイズにも声をかけている。
二人は誰よりも早く死武専に到着し―――目の前の、どうしようもない戦いを見せつけられている。

「………………………」

事の発端はわからない。
滞在するホテルに向かおうとしていた二人は、聞きなれない爆音に何事かと足を運んだだけである。
そして、その戦いから目を離せない理由はもう1つある。
彼女たちの目の前で戦っているのは、同じくデスサイズであるスピリット=アルバーンと―――シュタインだ。

「ちょっと殺そうとしただけでこれか…」

『ナマエ!目覚めたばかりで混乱しているのはわかるが――』

シュタインが零す笑みを余所に、スピリットは少女へと声を投げかける。
武器である彼の声はパートナーであるシュタインにしか聞こえないはずだが、少女――ナマエの視線は、シュタインの持つ鎌へとうつる。

「……魂の共鳴!」

ナマエは混乱を取り払うように、右手に持つ自身の背丈ほどある槍を振るった。
その結果に、四人は戦慄する。
飛び上がったナマエが振り下ろす槍は半ばで怒濤の水の流れと化し、デスサイズを持つシュタインを飲み込まんと、その水の龍は大口を開けた。
避けられない――避ける必要はない、とシュタインは構えた。
瞬間、

「マリー先輩!」

「ええ!」

機会を伺っていた梓がマリーを呼び、同時、シュタインとナマエの間に入ったマリーがその拳を水の龍へと突き上げる。
龍が―――弾けた。
彼らに降り注ぐ水は既に威力を失っており、シュタインの「余計なことを」という呟きをマリーは聞かなかったことにした。

「死神様が私達を呼んだのはウキウキライフ以外に、彼女のことがあるからかしら」

「ウキウキライフ…?」

水で視界の悪くなった眼鏡を拭きながら、シュタインは首を傾げる。

「――魂の共鳴」

「っ!?」

バチバチ、と弾けるような音がそこかしこでし始める。
そして、ぼんやりとした表情を浮かべるナマエの背後で、稲光が輝いた。
バチバチと電気が弾けるような音と共に、ナマエの手にしていた槍がその輪郭を失う。
ナマエの手にしていた槍は、騎士が持つような立派な剣へと姿を変えた。

「本気でいかなきゃ、やられるわね…。梓、ジャスティンはまだ見つからないの!?」

「今、シドさんと共鳴をして探していますが……シドさんが呼んでいるものの反応もなくて」

『あいつまた大音量で音楽を…』

「――――来ますよ」

シュタインの言葉に、それまで喋っていたマリー達が真剣な表情へと変わる。
死神に実力を信頼されているデスサイズでさえ、手に力をこめて真剣にナマエを睨み付けていた。
対し、ナマエの意識には彼らは入っていない。
視界には入っているものの、ナマエの意識には目的のものしか存在していない。
そして、ナマエが跳ぶ。

「っらああ!!」

先に跳んだのは、マリーであった。
自身が魔武器であるマリーはその性質で自身を強化し、ナマエへとその拳をぶつけにいく。
空中で避けることも出来ないであろうナマエへ、正確にマリーは狙いを定める。

「っ!?」

「マリー!」

しかし、マリーより速く、電撃が走った。
その電撃はマリーの身体を貫き、身体の電気信号を遮断する。
自分の特性と同じような攻撃方法で攻撃され―――しかしそれでも、マリーの拳はナマエへ届く。

「デスサイズ舐めんな!!」

「なんかマリー、おれたちより男前じゃないですかね」

『こりゃ負けてられないな…』

電気信号を遮断されても、それでも咄嗟の判断で自身の身体を強化したマリーは、拳は届いたもののそのまま地面へと叩き付けられる。
だがそれほどの高さでは無かったため、受け身を取ったマリーはすぐに立ち上がった。

「何を見てる?」

「っ!」

背後から囁いたシュタインの攻撃を、ナマエはぎりぎりで抜けていく。

「魂の共鳴!」

ナマエが剣を空に掲げながらそう叫ぶと、攻撃は電撃となり、雷となり、シュタイン達に降り注いだ。
なのに、その全てを避けて、防いで、シュタインはナマエへの距離を大胆に詰めていった。

「少し――大人しく、してろ!」

「っ…………!!」

シュタインの持つ鎌が、ナマエの剣と激突する。
膨大な魂の力が、その間で拮抗した。
しかしその拮抗も一瞬。
何かが弾かれるような音を、マリーは聞いた。
シュタインは鎌を振りきっていて、ナマエの洋服が少しだけ切り裂かれていた。
けれど、致命的なダメージを与えたわけではない。

「……………………」

何故こうなったのかを、最初から一部始終を見ていたシュタインは思い出す。
ほんの数十分前に目が覚めた少女は保健室の扉を壊し、鎌を振るい、死神の部屋へと侵入して。
デスサイズであるスピリットのことなどチラリとも見ず、死神へとその鎌を振り下ろした。
保健室から後を追いかけたシュタインの行動は、誰よりも早かった。
シュタインはあの時。死神を助けるというよりも、ナマエを本気で殺そうと――身体を反応させていた。
しかしそれでも彼女は死ななかった。シュタインの攻撃など、存在など、微塵も気にしている様子は無かったのにも関わらず。

「……………………」

何故、ナマエが死神を攻撃しようとしたのかを、シュタインは知らない。その行為自体を知らない梓とマリーもまた、わからないだろう。
唯一武器になりながらもナマエへ止まれと叫ぶスピリットだけが、理由を知っているように思えた。
しかし武器から人の姿に戻らないのは、自分だけで彼女を止められる自信が無いからだろう。

「(………………嗚呼)」

人間とは―――思えない。
下手したら神をも凌駕してしまいそうな"それ"から、梓は目が離せなかった。
彼女は―――― 一体。

「!?」

千里眼とは別に、背後の気配に梓は咄嗟に振り返る。
ナマエから目が離せなかったのは本当だ。しかし、今は"目を離さなくてはいけなくなった"のだ。
それほどの緊急事態。誰も予想していなかった未来。

「…………ナマエ……?」

唖然と立ち尽くす少年―――ソウルの呟きは、彼を振り返った梓だけに届いていた。

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