「…どういうことですか、死神様」
俺は、ガラにもなく苛立っていた。
今だって、死神様の前でなければポケットから煙草を取り出し火を付けていたところだ。
死神様は困ったように唸っているが、説明をしてもらわなくてはこの学園の保健室(しかもメデューサ亡き今、明日から自分が"保険医"という立場になる!)に"彼女"を置くことに同意は出来なかった。
「民間の病院に入院させるわけにはいかないでしょ」
「…俺が言いたいのはそういうことではなく、」
「う〜ん。どうもこうも…ナマエちゃんは鬼神復活阻止に手を貸してくれたとしか」
「『鬼神復活に手を貸した』の間違いじゃないですか?キッドとブラック☆スターを攻撃したと聞いてます」
「え、そうなの?」
ううん、と死神様は更に唸る。
鬼神復活を阻止出来なかったその場に自分がいたわけではない。
キッドやブラック☆スターは復活した鬼神に既にやられていたので状況を聞き出すことは出来なかったが、適当に言った"カマ"に死神様はかかってくれた。
それに、鬼神復活を企んでいたことに気づいたのはパーティーの最中だ。その直後、死神様と生徒たちは空間を隔離され、外の誰かに指示を出すことなど出来るはずがない。
つまり、彼女―――ナマエは元から、鬼神の傍にいたか、鬼神に用があったのだろう。
「ナマエちゃんにはね、地下にいる鬼神を見張ってもらってたのよ。地下から出ないことを条件に―――いや、たまに出てたし一回だけ私も任務お願いしちゃったけどね?」
「……………………」
死神様の緩さは今に始まったことではないが、この件に関しては大きく息を吐きたくなる。
「……彼女は地下牢に入れていたはずでは?」
「素直に入ってくれてたら、私も苦労してないんだけどね」
そうは言うが。
彼女は"大罪人"であり、本来なら"生きているはずのない存在"である。
そんな彼女に頼るしかないほど、"鬼神"という存在は大きかったのだろう。
それはわかる。わかる、が―――納得は出来ない。
少なくとも、"俺だけ"は、彼女の存在を許してはいけないのだ。
「……………………」
苛立ちを発散出来ないまま、保健室へと続く廊下を歩く。
明日から死武専の保険医という立場になるというのもあるし、メデューサが(無いとは思うが)何か残していないか確認する必要もある。
患者がいようが関係ない、とポケットに入った煙草に触れながら保健室の扉を開けようと手をかけて。
「………………」
俺は煙草の箱から手を放し、ガラリと扉を開ける。
「!…あ。シュタイン先生」
「こんな遅くにどうかしましたか」
ソウル=イーター。
今回の鬼神復活を阻止する作戦にも参加した、武器であり死武専の生徒である。
彼はどうやらナマエの眠っているベッドに用があるようだったが、相変わらず彼女が目を覚ました痕跡は無かった。
「あ、いえ…通りがかったもんで」
「そうですか」
授業もない日に?という無粋な質問はしないことにした。
「その子と知り合いですか?見たところ、死武専の生徒では無さそうですが」
「あ、えっと。公園で会ったんですよ。……一回だけ」
「へえ。なるほど。それで?彼女は何か言っていましたか?」
「……シュタイン先生、ナマエを知ってるんですか?」
腰かけたソファは酷く冷たく、しかし温かいコーヒーを飲む気にもなれなかった。
彼が少し警戒するようにこちらへ質問を投げかけてきたので、どう返したものかと少し考える。
「……俺は彼女が嫌いでね。今にも殺してしまうかもしれない」
「…………冗談、ですよね」
「……ああ。冗談だ」
自分で思っていたよりも随分と余裕がないようだ。
口走った言葉をソウルは疑っている。
それも仕方のないことだ。なんたって、ついさっきまでこの辺りには鬼神の狂気が蔓延していた。
彼も魔剣との戦いで狂気を扱った。
人がどう狂うかなど、誰にも分らないのだ。
「…俺、帰りますけど……先生は」
「今夜は徹夜だと思いますよ。メデューサが何か手掛かりを残しているかもしれないので」
「…そう、ですか」
彼はしばらく黙ったあと、立ち上がり、名残惜しそうにナマエを見たあとで保健室を後にする。
本当はもっと色々と聞きたかっただろう。
何故あの地下にいたのか。何故鬼神と戦ったのか。彼女自身が、何者なのか。
「(それは…)」
自分も知りたいことだ、と吸おうとしていた煙草の箱を握りつぶし、叩きつけるようにごみ箱へと投げ入れた。