時刻は夜。
外は真っ暗で、何かがあったのか街灯も所々付いていない。
空は雲が少なく、綺麗な星空と、不気味に笑う月が地上を照らしている。
「ああお前か…その魂は、一体誰のだ?」
そんな空に浮かぶ鬼神は、同じく空へ浮かぶナマエに笑いかけた。
ただの人間であれば、それだけで狂ってしまうような狂気。
そんな中、ナマエはしっかりと鬼神を見上げていた。
「お前の武器は食べた魂の力を使えるんだろう?ああ…恐いな……」
鬼神は両手を祈るように合わせた。
しかしそれが恐怖から逃れるための信仰ではないことを、ナマエは知っている。
ナマエは箒を握る方とは逆の右手を高らかと夜空へ掲げ、指揮者の如くその右手を振り下ろした。
「リュージョイリュージョン、マジックマジック!!」
その詠唱と共に、ナマエの手から光の矢が放たれる。
鬼神がナマエへ伸ばした皮はそれらの矢に穿たれ、標的へ届く前に粉々になった。
次いで、皮をすり抜けた残りの矢は半ばで弾け、散弾となって全てが鬼神へと降り注ぐ。
ナマエは皮の残骸を箒で避けつつも、光の矢の行く先を見届けた。
―――だが。
「無駄だ」
ナマエの背後から、気配もせず、鬼神の手が伸びる。
反応が遅れ、動作が遅れ、ナマエは振り返ることすら出来ずに鬼神の攻撃を背中で受けてしまう。
「っ!!」
凄まじいスピードで地面へ叩きつけられたナマエの背中に痛みが走り、すぐにその痛みは全身を駆け巡る。
立ち上がろうと四肢に力を入れるナマエを、鬼神は詰まらなそうに見下ろしていた。
「俺を捕まえてどうする?魂を武器に喰わせるか?そして、お前が俺を使うか?狂気を――扱えるか?」
「っ―――――!!」
鬼神の言葉を聞き終える前に、ナマエは箒によって空高く飛び上がる。
瞬間、ナマエの倒れていた地面へ突き刺さったいくつもの鬼神の皮。
動くのが少しでも遅ければ自分を串刺しにしていたそれらを見下ろしている余裕は今のナマエにはない。
ナマエはしっかりと視界の中に鬼神を捉えたまま、息を大きく吸う。
「魂の共鳴!」
ナマエの叫びが、空へと響く。
再び放たれた光の線が、鬼神へと向かって行った。
まともにくらえばいくら鬼神といえどただではすまないそれらを前に、鬼神は先ほどのナマエの真似だとでもいうように、大きく息を吸った。
「あああああああああ!!!」
その叫びだけで、鬼神へとむかっていた光が爆発したように消え失せる。
まともに戦っていてはキリがない。
そんなことは、ナマエは百も承知だった。
今戦っているのは死武専の生徒である職人でもなく、魔女でもなく、不死身の狼男でもなく鬼神であり、あの死神ですら封印に苦戦した存在である。
だが、"それまで"だ。鬼神は"それほど"の存在でありながらも、"死神に勝てなかった"という過去がある。
だから、ナマエの攻撃はこれだけで十分なはずである。
ごう、と風が巻いた。
「何………?」
低く、疑問の声を鬼神が出す。
地面から出てきた死神の仮面をかぶった"それら"は、鬼神である阿修羅の身体の動きを止めるかのように彼の身体に絡み衝く。
――しかし、それも無駄であった。
これは遥か昔に備えられたものであり、そんな昔のものが今の鬼神にきくはずもないからだ。
まるで紙切れであるかの如く、鬼神はその封印を軽々しく千切っていく。
だがその隙にナマエの身体は加速し、鬼神の頭上まで登り詰めていく。
「――魂の、共鳴!」
上がった息を整えている暇はない。
ナマエが吼えると同時、今度は炎を纏った矢が鬼神の頭上より降り注いだ。
死神の封印に気を取られていた鬼神は慌てたように上を見上げるが、もう遅い。
炎の矢は散弾となって降り注ぎ、死神の封印と共に鬼神をも焼き尽くす。
―――だが。
「残念だったな」
鬼神の声がどこからしたかもわからないまま、ナマエは一瞬で地面へと叩き付けられる。
意識はあるものの、ナマエの身体はもういうことをきいてくれないようだった。
十分なはずだった。死神の封印と自身の力があれば、鬼神は復活出来ないはずだった。
けれど――狂気は想像以上に膨らんでいて、誰も彼を止めることが出来ない。
「(死神………)」
地面へとうつ伏せに倒れているナマエに空を見上げる力など無かったが、その気配は感じることが出来た。
フリーの空間魔法が消えた今、死神が外へと姿を現したのである。
ナマエは身体に力を入れようとするのをやめ、冷たい地面にそっと身体を預けた。