ゆらり、とジャスティンの姿が揺れる。
ナマエはそんな狂気に気圧されながらも、一歩ずつ確実に後ろへ足を動かしていた。
それでも、間に合わない。
ジャスティンがナマエに手を―――その刃を伸ばす方が、ナマエがギリコを手にするよりも圧倒的に早かった。
―――しかし。
突如、眩い光の線がそれを遮った。
ナマエのことしか頭になかったジャスティンは、弾かれたように顔を左に向けた。
その表情は甲冑のようなものに覆われていて伺えないが、どうやら驚いているらしい。
明るい光が治まった頃には、ナマエの手にチェーンソーが握られていた。

「…あなたは死んだと聞きましたが」

「誰だよそんなこと言った奴。ああでも、俺がそうするように仕向けたんだっけか」

おどけた喋り方。いつもかぶっているクマとは種類が違ったが、その風貌を彼らは知っている。
―――テスカ・トリポカ。
デスサイズの1人であり、その身体と魂をナマエによって吹き飛ばされ死亡した―――はずである。

「俺が提案したイタズラをナマエが断ったことがあってさ」

「まさか味方を騙すような真似をあなたがするとは。いえ、あなただからこそそうしたのか」

「まあ聞けよ。俺が死んだふりをして他の生徒を驚かすってやつだったんだが、そのときは断られてさ。今回は協力してくれたってわけ」

だからナマエはわざとテスカの半身だけを吹き飛ばし、彼の決定的な死をその場にいる全員に見せつけ、そのあと証拠が残らないよう偽者の体を全て吹き飛ばした。
そしてジャスティンは、ナマエが『何故此処に来た』のかよりも『何故此処に来ることが出来た』のかを疑問に思うべきだったのだ。
テスカは自分の鏡に映した魂を追うことができる。それによってジャスティンの居場所を探し出し―――ナマエと共にここへ来た。

「ギルティ・オア・ノット・ギルティ!!」

予備動作無しで、ジャスティンの身体がギロチンへと変わる。
その刃は勢い良くテスカへと飛び、その身体を真っ二つに切断した――かのように思えた。
瞬間、テスカの身体がいくつにも分身した。
鏡の反射による分身―――それが一体いつ行なわれたのか、ジャスティンにはわからない。

「ならばすべて消すまでだ!!」

同じ要領で、ジャスティンの鎖が伸び、刃が飛び交う。
そして最後のテスカを切断し―――ジャスティンはようやくだと死体たちを見下ろした。
だが。

「体のパーツが集まってきてる!?」

魂の消滅、とは言えない。
地面に転がったテスカの体のパーツは、それぞれに意思があるかのように地面を這い、形を成す。
ナマエもその光景を見るのは初めてなのか、驚いたようにその様子を眺めていた。

「化物め」

「お前もな」

狂気と融合したジャスティンの目は甲冑のようもので隠れており、テスカの顔など言わずもがな。どちらもその表情を伺うことはできない。

「でも本当の化物になるわけにはいかないだろ。死武専は今…鬼神捜索に血眼になっている。お前のもっている鬼神の情報を死神様に渡せば処罰を免れる事はできないにしても、減刑くらいは考えてもらえるはずだ」

「テスカ…」

「お前が死武専に帰ってこられる最期のチャンスなんだよ」

テスカの名を呼んだナマエも、話しかけられているジャスティンも、テスカが何を考えているのかがわからなかった。

「何故そうまでして私に執着する」

「お前がナマエに執着している理由と一緒さ!」

「え!?」

元気よく吼えたテスカの返事に、ナマエは驚いたように声を上げる。

「お前はナマエと仲良くなってあげようとしてる。俺だってそうさ。ジャスティン、お前と仲良くしてあげようって言ってんだ!」

ナマエは、そういうことかと驚きに見開いた目を一度閉じた。
ジャスティンにとっては違うことだとしても、テスカにとっては同じように見えているのだろう。
しかし最後の一文はどういうことだと話に割って入ろうとしたが、妙に静かなジャスティンをナマエは不思議に思った。
やはりその表情を伺うことはできない。

「…私はナマエさんを欲しているのです。今ここで、私とナマエさんは一つになるんですよ。あなたと私が同じ気持ちを抱いているなどといった意味のわからない発言は撤回してください。それと、自分が邪魔者なことを自覚してください」

数回、同じような攻防が2人の間で繰り広げられる。
ナマエは動かなかった――否。動けなかったのだ。
武器を――ギリコを手にしたものの、ナマエは表情には出さなかったが舌打ちをしたい気分だった。

「ジャスティンってナマエのこと好きだったんだな」

テスカが、本気で今知ったとでも言うような言い方でナマエのほうを見る。
その表情は被り物で見えないが本当に驚いたような表情を浮かべているのだろう。
そういえば、テスカはいつからその被り物をし始めたのだっけとナマエはぼんやりと思った。

「……死神が私の魂を狩ったから、今私の魂に中身はないの。ジャスティンはそんな空っぽの魂に惹かれてるだけ」

「今結構重要なことサラっと言わなかったか?」

「別に隠してないけど。死神が私の魂を狩ったことなんてみんな知ってるんじゃないの?」

「いいや!それ、結構な機密事項だから!!」

デスサイズでも知らないぞ、とテスカは両手を上にあげる。
それが一体何のアピールなのかナマエには理解出来なかったので、とりあえず無視した。

「…鬼神のことは、ジャスティンをどうにかしてから考える」

「ようやく私の愛に応えてくれるんですね」

「こんな空っぽの魂と1つになったところで、あなたは何も得られない」

「いいえ。いいえ――私の魂でナマエさんを満たせるんですよ」

「狂気と融合しただけあるな。いや、これは元からか?」

誰が先に動くか。
それを全員が伺いながら、べらべらと会話を続けている。
このまま静寂が続くのなら、真っ先に"動いてしまう"のは自分だろうとナマエが考えたところで。
ジャスティンは、やはり、ナマエへと跳んだ。
テスカもナマエもそれは読んでいた。だとしても、テスカはジャスティンのその異様な速さに置いてけぼりをくらう。
しかし、実際に狙われているナマエであればその速度に反応出来るだろう――とまで考えたテスカは振り返り、今だ立ち尽くすナマエに驚く。
そのままでは、ただ斬られるだけだ―――と、太陽の光を利用しようとして。

「何っ!?」

ナマエの手から、先程わざわざ拾いに行ったギリコが離れる。
瞬間、ナマエへ伸びる刃。
だが、その間へ影が差した。
テスカ――ではない。彼は光を差し、影を濃くする武器である。

「があっ……!?」

そして、この戦いは、意外な形で終了を迎える。
その"影"は自身(本来はナマエだが)へ伸びてきた刃を"受け止め"、そのまま後から突っ込んでくるジャスティンへ、頭を後ろへ逸らしたあと思いっきり"頭突き"をかました。
突然の衝撃に、甲冑のようなものをかぶっているとはいえジャスティンはその衝撃を流せず、全てを受け止めてしまう。
結果―――ジャスティンはそのまま意識を失うのだった。

「今回の眠り姫は譲ってやるよ」

代わりだとでもいうように、その場にはナマエと強制的に共鳴していたはずのギリコが立っていた。

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