「無粋なことを訊くようですが…ナマエさん。あなたは何故ここへ来たのです?」

「え?」

まさかジャスティンからそんな疑問が飛んでくると思っていなかったのか、ナマエが少しだけ驚いたように顔を上げる。

「"私に会いたかったから"――という理由だけなら喜んで受け取りましょう。しかし、それ以外にもあるのでは?」

その理由があるのは前提なのかと呆れている余裕も、今のナマエには無かった。

「私は―――鬼神を倒さないと」

「それはナマエさんの意思ではないでしょう?」

「え……」

「ナマエさん。あなたは本当に心から『鬼神を倒さなければいけない』と思っているのですか?『鬼神を倒さなければいけない』と思っているのは―――あなたに言ったのは、他の誰かなのでは?」

「でも、鬼神は私を――」

「いいえ。鬼神様はナマエさんを傷付けることはしません。私だってしません。鬼神様も私も、あなたの敵ではないのです。私はあなたと共にありたい」

ジャスティンの言葉に、ナマエの瞳は揺れていた。
手にしているチェーンソーは握ったままだったが、動かそうという気にはならない。
しかし、その躊躇いは自分の気持ちにではない。
"未だ"に『その言葉』を口にするジャスティンに、ナマエは目を伏せそうになった。

「ジャスティン。あなたは私と一緒になれない」

「いいえ。なれますよ。あなたを愛しています」

ジャスティンの言葉を聞きたくないとでもいうように、ナマエは首を横に振った。
今なら大音量で音楽を聞いていたジャスティンの気持ちが少しだけわかる。
そして―――ナマエはそっと、手にしていたチェーンソーを地面に置いた。
立ち上がり、ジャスティンを見つめる。
そんなナマエに少し驚いていたジャスティンだったが、再び熱のこもった目でナマエを見つめ返す。
一歩、また一歩と近づいてくるナマエに、ジャスティンは手を伸ばした。

「ナマエさん」

答えはない。

「愛していますよ」

それが、あなた自身ではなく魂だけだとしても。

「ジャスティン、でもね」

ナマエは、差し出されたジャスティンの手を取ろうと、左手を伸ばした。
ジャスティンの魂とナマエの魂が触れ合い、共鳴し合えば、もう他には何もいらないとでもいうように、ジャスティンは幸せそうな笑みを浮かべる。

「どうしたって―――無理なんだよ」

バチッ、という何かが弾かれた音がその場に響き渡る。
ナマエは――ジャスティンの手を取らなかった。
否。取れなかったのである。
触れようとした手は何かに阻まれ、ジャスティンの魂は、ナマエの魂を拒絶した。

「………………え?」

小さく声を零したのは、ジャスティンだった。
ナマエは弾かれた魂の痛みに手を押さえながらもジャスティンから一歩遠ざかる。

「ジャスティンとの魂の波長は、どうやったって合わないの。一つになんて―――なれない」

気持ちが強すぎてあなたは気付いていなかったのかもしれないけれど、とナマエは首を横に振った。
弾かれた魂も、痛む手も未だに頭で理解できていないのか、ジャスティンはぼんやりとナマエを見つめている。
確かにナマエの魂は今"空"のような状態だ。だからこそ、誰とでも波長が合うようになっている―――それでも、ジャスティン=ロウという孤独な魂には不要だったのである。
彼の魂は1人で終わっていた。彼の魂は1人で完結していた。彼の魂は他の誰をも必要としていなかった。
完成された完璧な魂に、他の誰かが入り込む余地など存在しなかった。
彼の心には何も無いのに、魂だけは完全だった。

「いや……はは、いえ。そんな………」

ジャスティンの視界が揺らぐ。笑みを零せただけでも十全だろう。
というよりも、狂気を知る彼だからこそ、笑うことができたのだろう。

「なら、どうしろと言うんです?ナマエさん…私はあなたが欲しい。私は、あなたが……」

蔓延した狂気は形となり、ジャスティンの後ろに佇む。
ナマエはもう一歩、後ろへ下がった。

「欲しい…欲しいんです。欲しいんですよ、ナマエさん…あなたが。あなたの魂が……私の…私のあなたの魂…ナマエさん……」

ピタリ、とそこでジャスティンの言葉と動きが止まる。
その表情は、彼自身の両手で顔が覆われており見ることが出来ない。
ナマエもまた、足を地面に縫い付けられたかのように動くことが出来なかった。

「……いえ。なれますよナマエさん。私と一緒に…」

狂気が、膨れ上がる。
それはジャスティンのものというよりも、この世界に蔓延している全ての狂気。
それらが彼の後ろに佇む狂気の力となり、ジャスティンはいつもの笑みを浮かべる。
熱を帯びた視線は、彼の愛する"魂"へと。

「道化師―――狂気融合」

狂気が形となり、ジャスティンを包み込む。
それを、ナマエは見たことが無かった。
魂の共鳴とも違う。"魂"と"狂気"が混ざり合い、溶け合い、同一になっていくような感覚。
先ほど地面に置いたチェーンソーが酷く遠く思える。
しかし、ナマエはジャスティンから目が離せない。
間に合わないとわかっていても、ナマエは一歩ずつゆっくりと後ろに下がるしかなかった。

「あなたの魂を『タベサセテ』下さい。ナマエさん」


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