微かな薬品の匂い。
普段嗅ぐことのないそれは、保健室ではなく、たくさんある病室のなかの一室のものである。

「じゃああんたも『神狩り』については知らないのか?」

「ああ。その名を聞いたのはアラクネの口からだけだ。力になれなくてすまない」

「いや、いいんだ。ありがとうな」

その病室には2人。
病室の横に立ち、他にあてが無いか考えているのは、死武専の生徒であるブラック☆スター。
そんなブラック☆スターに申し訳なさそうに答えたのは、何日か前に戦闘したミフネである。

「だが…それを俺に訊くということは、あいつに何かあったのか?」

ミフネは、無意識のうちに利き腕に触れた。
『神狩り』の剣を受け止めた腕。剣の威力はそれ程でもなかった。腕も『剣聖』と呼ばれる自分程ではない。
しかし彼女は武器に固執していない。
自分が『剣』を握ったから彼女も『剣』で返してきただけであり、それが不利だとわかれば他の武器を手にしただろう。

「あいつを…ナマエを追えって要請がでた」

ブラック☆スターは、険しい表情を浮かべて言い辛そうに口を開いた。

「お前達に…ノアだけでなく、あいつのことも追えと?」

「………ああ」

ミフネは、まだ十分に治っていない自身の身体を少しだけ起こし、ブラック☆スターの言葉に動揺している。
ミフネがナマエと戦ったのは、ナマエが『死武専の生徒』だったからだ。
それなのに何故、死武専の生徒であるブラック☆スターがナマエを『追う』必要があるのか。

「デスサイズを殺したナマエを追って、捕らえてくれって言われたんだ」

「デスサイズを……殺した?」

「チェーンソーで真っ二つ。それからもう一撃くらって、魂の欠片も残らなかった」

それを目の前で見た、と呟くブラック☆スターの表情にはどこか納得していない様子も見られた。
そんなブラック☆スターにミフネは何か言葉をかけようとして、ふと"何か"に引っかかる。
剣聖故か。それとも、ナマエと戦ったことがある故か。
『それはおかしい』という言葉が、真っ先に口から零れようとしていた。

「…?どうかしたか?」

少し様子の違うミフネに気付いたブラック☆スターが口を開く。
ミフネは「なんでもない」と首を横に振ろうとした。
しかし、その"違和感"を放っておけないと、確証もないままブラック☆スターを見た。

「『神狩り』は、初めからデスサイズの魂を消滅させるつもりだったのか?」

「……どういうことだ?」

「そんな威力のある攻撃で、"真っ二つ"にする理由があるのか、と訊いているんだ」






×






「失礼します」

微かな薬品の匂い。と、タバコの香り。
電気が点いていても静かなそこは、死武専の保健室である。

「…ああ。ソウルか。どうかしましたか?」

扉を開けて保健室へ入ってきたソウルに、シュタインはわざとらしく笑みを向けた。
ソウルはその言葉に対しては何も言わず、椅子に座るシュタインを見る。
その真剣な表情に、というよりもソウルが保健室へ入ってきた時点で気付いていたのだろう。シュタインは、「まあ座りなよ」とソファを指差した。

「ナマエについて教えて下さい」

「…………それは、死神様から説明があったと思いますが」

「でも、全部じゃない」

キイ、とシュタインの座るキャスター付きの椅子が音を鳴らす。

「シュタイン先生は、本当にナマエを殺したいと思っているんですか?」

タバコの箱に触れ、少し考えたあとシュタインはその指を離した。
相変わらず、その表情から感情を読み取ることは難しい。

「思っていますよ」

返ってくる答えは、いつもそれだった。

「不思議ですか?」

「!」

次はシュタインの番だった。
質問されると思っていなかったソウルは、驚いたように目を見開く。

「仲間殺し。デスサイズ殺し。…殺される理由はいくつもあります。それなのに俺があいつを殺したいと思うのがおかしいと?」

「………シュタイン先生。俺は狂気と向き合いました」

モスクワでのことを言っているのだろう。
"狂気"を恐れ、必死に抑えるのが"勇気"ではない。お前の中身の鬼を呼び起こせ、狂気を抑えるんじゃない、狂気を手に入れてみせろと、ソウルの中の狂気は叫んだ。
それでもソウルは狂気を恐れず向かい合った。
だが―――シュタインはどうだろう。
ソウルは、ずっと思っていた。

「シュタイン先生は、ナマエとちゃんと向き合ってるんですか?」

「……………………」

シュタインは、答えなかった。
既に誰も居ない保健室で、タバコの箱を弄びながらぼんやりと宙を見つめる。
二度目の仲間殺し。
犠牲になったのはデスサイズのテスカ・トリポカ。
一度目の攻撃で身体を真っ二つにされたあれはきっと即死だっただろう。
自分が死んだことにも気付かなかったかもしれない。
そして魂までもが欠片も残らず―――

「―――――――?」

タバコの箱を弄んでいた手が止まる。
テスカ・トリポカ。
本体は鏡。他人の魂を鏡である本体に写し取る死を誘う者ドッペルゲンガー
魔鏡。いろんなモノを反射したり映したりという幻術を得意としている。
シュタインは彼の素顔を知っていた。
しかしいつどのタイミングで素顔を見たのか、いつからあのような大きな被り物をかぶっていたのかは覚えていない。

「……………はあ?」

シュタインの手から、タバコの箱が零れる。
それは床に当たり、軽い音を鳴らして跳ねた。

「は……っ!はははははははっ!」

笑う。
自分の顔面を押さえて、シュタインは笑う。

「そういうことか!そんな"策"を考える脳があるとは思ってなかった!愉快だな!まんまとやられたってのは不快だけどな!!」

保険医の笑い声は、もはや狂気に近かった。

「なんてことだ―――なんてやつだ。テスカ・トリポカは死んでない・・・・・・・・・・・・・・!」


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