鬼神・阿修羅―――…
猜疑心の塊。
最強のビビリ。
恐怖は解き放たれ、世界は狂気で取り込まれようとしていた。
ある者は"神"を求め、ある者は"知識"を求め。
狂気は―――膨れ上がる。

「心配をおかけしました父上」

「キッド。無事で何よりだね」

死神様の部屋では、部屋の主である死神は勿論、その息子であるキッドとデスサイズであるスピリット、そしてシュタインも同席していた。
作戦に参加していた他の生徒や先生たちは怪我などの治療を受け、安静にということで自宅待機している。
しばらくしたら他の任務などに加わることになるのだろうが、あの光景を見ていた全員が自身の中にある混乱と困惑をかき消せてはいなかった。
それは、この場にいるキッドとシュタインもである。

「まず、"ノア"という男のことなんだけど…」

「はい…結局何者なのか最後までわかりませんでした」

死神の言葉に、キッドが続ける。

「初めて見た時から底が見えない恐ろしい男…奴はすべてを欲し、すべてを手に入れようとしていた―――…しかし…それだけなのです。それ以外何もない…」

空虚の二文字が、キッドの脳裏を掠めた。

「人間なら何かを手に入れどうしたいか先があるはず。だけど、ノアという男には何もないのです。まるで物を集める"機械"とでも言うべきか…」

「"強欲"の塊…エイボンの書の中にある章の一つだね」

「父上は何かご存知なのですか?」

「うん…多分ね。ノアは本当に物を集める"機械"なのかもしれない」

人間は知識を手に入れ、楽園を失った。
だが、それ以上の知識を手に入れれば、人はどうなってしまうのか。
もしこの世の全てを知ってしまったら。

「人は必要以上の知識を知ってはならない…もしこの世のすべてを知れば何も考えず生きていくことをやめるだろう…」

キッドの隣に立っていたシュタインが、静かに言葉を零す。
自身の手を見下ろしている彼は、自身がエイボンの書に触れたときのことを思い出しているのだろう。

「『エイボンの書』はそのすべてを知る可能性を持っている。あの本を持ってシュタイン君は何も感じなかったかい?」

「何か思考が止まるような感じがしました…」

「すべての"知識"の前では人は考えを止める」

「それが"知識"の狂気ですか…」

"知識"の狂気。
"力"の狂気。
そして…"恐怖"の狂気。
しかし『狂気』とは何なのか。
規律があるから狂気が生まれる。
あるいは狂気があるから規律が生まれたか。
――――どちらでもいい。
『卵が先か鶏が先か』と同じこと。

「………それより、本題に入りませんか」

静かに息を吐いたシュタインの隣で、キッドが息をのむ。
話題を切り出した彼の表情は眼鏡で上手く見えなかったが、キッドはそれ以上シュタインの横顔を見ていることが出来ず視線を目の前の父へ戻した。

「…………ナマエちゃんのことね」

死神の表情はその仮面で伺うことが出来ないが、隣に立つスピリットはなんともいえない表情を浮かべている。
―――ナマエ"奪還"作戦。
それだけで言えば、作戦は失敗に終わった。
しかし"それだけ"ではない。
重大な、それでいて甚大な被害。
"神狩り"ナマエにより――――デスサイズの1人であるテスカ・トリポカは殺害された。
それを、この場にいるキッドとシュタインだけではない。あの作戦に参加した全員が、この目でしっかりとあの惨状を見ている。
跡形も無く消し飛ばされたテスカの遺体を回収することはできなかった。
魂の欠片もない。
こんなことになると誰が予想できただろう。
否―――可能性はあった。
ただそれがキッドでもブラック☆スターでもキッドでもなくテスカだっただけのこと。
どこかで信頼している部分があったのだ。彼女を味方だと認識していなくとも、"戻れる"隙間があると油断していた。
それが―――最悪の結果で否定されたのだ。

「テスカが殺されたのは俺のミスです。ナマエのことは任せて下さい」

「ナマエを殺す気か?」

「それ以外になにかあるんですか?」

裏切り者というよりも、最初から敵だったのだ。
シュタインは真っ直ぐスピリットの目を見る。
その瞳に光はなく、スピリットは少しだけ背筋に寒気を感じた。

「でもナマエちゃんの居場所も目的もわからないからね…」

ナマエを殺すということに同意も非難もせず、死神は困ったように首を傾げる。
ノアやジャスティンならばまた自分達の前に姿を現すだろう。
しかし、ナマエが彼らと同じように動くかと聞かれれば、首を縦に振ることは出来なかった。

「………ジャスティンなら知っているかもしれません」

シュタインが静かに口を開く。
何故か彼がその名を口にするのを躊躇った気がして、キッドは口を挟むタイミングを失った。

「どういうこと?」

「あいつはナマエが自分の元にくると言っていました。あのときは奴の"いつもの"だと思って聞き流してましたが―――可能性は低いとしても、今は奴くらいしか手がかりがない」

それにナマエがジャスティンのところに行かなくとも逆はあるだろう、と"普段"のジャスティンを知っているシュタインは渋々と言った様子で自身の考えを口にしていく。
スピリットは眉間に皺が寄っていたが、喋り方を忘れてしまったかのように言葉が何も出て来なかった。
スピリットはナマエがテスカを殺した瞬間を見ていない。
だとしても、シュタインたちが言っていることが嘘だとは思えなかった。
それでも―――スピリットには、とても信じ難いことだったのだ。

「…………………」

彼女は知らないだけだ。
職人としての振る舞いを。人間としての有り方を。
シュタインが"思い込もう"としている"神狩りの像"とは違う。
彼女は名を持たなかった。"神狩り"という称号だけが彼女だった。だからその称号のままに神を狩り、その名の通りに有ろうとした。

「キッドはどう思う?」

「俺は………」

ナマエの話題になり、無意識のうちに口を閉ざしていたキッドは死神から話をふられ、少しだけ考えるふりをした。
今考えたとして、この混乱する頭がいきなり答えを出してくれるはずもない。
キッドは思っていることを、素直に口にすることにした。

「俺は未だに信じられません」

死神の顔を、シュタインの目を見ることができない。

「確かに俺はこの目で、ナマエがデスサイズの1人である彼を殺す瞬間を見ました。それでも、未だに―――」

そこまで言ってふと、キッドは何かに引っかった。
自分の言葉か――――思い出した光景か。
しかし"何"が引っかかったのか、手を伸ばしても答えは見つからない。

「…確かにナマエちゃんのことは重大だけど、今は問題は他にもたくさんある。勿論そっちの方にも手を貸してもらうことになるけどいいよね、シュタインくん」

「ええ。構いませんよ」


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