「シュタイン!」

大丈夫か、とこちらへ駆け寄ろうとするシドを、シュタインは片手を軽く動かして制す。
何故と言いたげにシドは足を止めるが、ナマエに動きがないのがわかると警戒は解かないものの、それ以上そちらへ行こうとはしなかった。

「ナマエ」

シュタインは、ナマエへ手を伸ばす。
武器としてのマリーを手にしている方ではない。
何も持っていない手を伸ばし、ナマエの頬へそっと触れた。

「お前が俺を脅威として見ていないのは知ってる。なんだかんだ悪態をつきながらも、俺に何度も殺されかけながらも、お前は俺を"敵"と認識しなかった」

ナマエの手に握られたチェーンソーは、未だにうるさいくらいの轟音を響かせている。
そしてジャスティンがいなくなった数の不利を取られる前にとノアは既に少し離れたところでソウルたちに攻撃を仕掛けていた。
しかし、幾度の困難を乗り越え、狂気すらも乗り越えてきた彼らだ。そう簡単に負けるはずもない。

「それが何でなのか今ならわかる」

シュタインはあの夜から今までずっと、ナマエのことを殺そうとしていた。本気だった。――――そう、思い込んでいた。
でも違ったのだ。今ならわかる。気付いてしまった。
狂気が原因か。ジャスティンの言葉が原因か。それとも目の前のナマエ自身が原因か。
そんなことはどうでもいい。
もう、自分はどこにも行けない。覚悟を決めなくてはいけない。これはもう、"俺がやるしかない"ことなのだ。
シュタインは何も言わないでこちらを見上げるナマエを、とても冷たい目で見下ろした。

「でも、今からは違う。俺を本気で"脅威"だと認識しないと、お前―――本当に死ぬぞ?」

「……………………」

ナマエはシュタインの手から離れ、ゆっくりと数歩、後ろへ下がる。
シュタインの言葉を理解したのかはわからない。
でも、確かに、今までぼんやりとシュタインたちの会話を聞いていたナマエとは、雰囲気が違った。
マリーはそれを微かに感じ取り、緊張が走る。
それがわかったのか、それとも最初からそうするつもりだったのか、シュタインは小さく「マリー」と口を開いた。

「ナマエの魂を狩りたくないのなら正直に言って下さい。俺は別にそれでも構いません」

「シュタイン、それは…」

「シド。これは俺とナマエの問題なんだ。出来ればマリーを巻き込みたくない」

それはシドや生徒たちにも言えることだ、とシュタインはマリーの言葉を待つ。

「シュタイン、私……」

「マリー。ゆっくり考えさせてやりたいのはやまやまだが、今はそうも言ってられない」

マリーは、今までのことを色々と思い出していた。
別にそんなことを思い出したくて思い出しているわけではない。
まるで走馬灯だと自嘲したくもなったが、そんな余裕も今は無かった。
ナマエが殺されそうになるのを止めようとしたこともある。ナマエに殺されそうになったこともある。
マリーに、今のナマエの魂がどんな状況なのかを知る術は無かった。
それなのにマリーは、どうしようもない気持ちに胸を圧迫されていた。どうしてこんな気持ちになるのかがわからなかった。自分が武器だからか、そんなことは関係ないのか。
わからない。わからなかった。

「シュタイン。ごめんなさい、私は…」

それは自分の出来ることではないと、マリーはシュタインのことも考えず人の姿に戻っていた。
なんだか泣きそうだ。なんでだろう。
今は敵が目の前にいて、彼らと大事な生徒が戦っていて。
ようやく見つけた裏切り者をみすみす見逃して、死武専の"脅威"かもしれない少女が目の前にいるのに戦うことを放棄して。
何をしてるんだろう。自分は一体、何がしたかったのだろう。

「……いいんだマリー」

それでいい、とシュタインはマリーを責めることはしない。

「しかしシュタイン、いくらなんでもそれは…」

もし自分が武器なら共に戦ってやれたのに、とシドは戦力の差に言葉を失う。
いくらシュタインが強かろうと、相手は"武器"を持った"神狩り"だ。部が悪いどころの話ではない。

「お前はどうだ?」

シュタインが、シドの心配など不要だとでもいうように少し声を大きくする。
一体誰に話しかけているんだとシドは一瞬戸惑ったが、まさか、と後ろにいる人物を振り返った。
どうやら、彼は"巻き込みたくない"メンバーには入っていないらしい。
それを知ってか知らずか、彼は特別驚いた様子も無くシュタインをじっと見る。

「普段の饒舌と騒がしいキャラクターはどうしたんです?そろそろ喋ってもいいんですよ」

「…あのなあシュタイン。俺は反対だ。反対だぞ?ナマエを殺すなんてな。俺とナマエは仲が良いんだ。でもシュタイン、俺はお前とも仲良くしたいと思ってるし、そんな風に『手を貸してくれ』なんて言われたら、貸すしかないってわかってるだろ?困ってる奴を放っておけないんだ、俺は」

今までずっと静かに状況を眺めているだけだった男―――テスカ・トリポカは、堰を切ったように喋りだす。

「ナマエも黙ってないでなんか言ったほうがいいぞ。人ってのは言わなきゃわかんないんだ。言ってもわからない奴もいるが、まあ俺がなんとかしてやる。仕方ないからな」

「……結局のところ、どっちなんです?」

「ああもうわからん奴だな!手伝ってあげるって言ってんの!!」


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