昨日のことだっただろうか、と退屈な授業の黒板をぼんやりと見つめながら思い出す。
休み時間。トイレから戻ってきた俺は、衝撃的な場面を見たのである。

「ここのプールが今人気だよ。かわいい浮輪のレンタルもあるし、大きなウォータースライダーもあるの」

「へえ。そりゃ楽しそうだ。女子も喜びそうだしな」

そう、同じ雑誌のページを楽しそうに見つめるクラスメイト。
それが芹沼ならば一緒に行こうと誘ったし、他の奴なら大した興味も沸くことなく席に戻っていただろう。
しかし、それは紛れも無く自分の友人である五十嵐と自分の隣の席の名字であった。
先週まで挨拶を交わすくらいしかしていなかった2人が、同じ雑誌のページを見て笑いあっている。その光景が、俺には信じられなかったのである。
しばらくその光景を見て立ち尽くしていた俺であったが、慌てたように五十嵐に近付くと俺も話しに入れと誘ってくる始末。
戸惑う俺をよそに再び2人で会話を始めるものだから、俺はこれが夢なのではないかと自身の頬をつねった記憶がある。

「なあ名字」

「なに七島くん」

水曜日の放課後。
先週と同じように隣の席の名字に声をかければ、先週と同じように名字は俺の名を呼ぶ。
変わらない。変わらないはずなのだ。名字とクラスメイト、名字と俺のように、名字と五十嵐も変わらないだろうという確信があった。
しかし2人は変わった。…いや、変わったのはやはり名字だ。

「おまえ、五十嵐のこと好きなのか?」

「………え?」

鳩が豆鉄砲を食らったような顔、というのはこういうときに使うのだろうか。
名字は予期していなかった俺の言葉に、本気で驚いた表情を浮かべていた。
そして、その反応で悟る。
俺の考えていた唯一の可能性は、間違いだったということを。

「いや、悪い。なんでもない」

「そういう七島くんは芹沼さんのこと好きだよね」

「っ、は!?」

突然言い返してくるものだから、彼女の笑みなど知らずに大きな声を出してしまう。

「五十嵐くんもでしょう?大丈夫大丈夫、多分ほとんどみんな知ってるから」

「なにが大丈夫なんだよ…」

芹沼と呼ばれるクラスメイト。元々は物凄くふくよかな少女だったが、ある日を境にかなり痩せた。というか美少女になっていた。
そんな外見に惹かれないはずもなく、今名字が口にした名以外にも、少なくとも3人は彼女に惹かれた人物を知っている。
しかしやはり、それを口にする名字はどう見ても『五十嵐祐輔が好き』とは思えなかった。
なら何故こんなにも五十嵐に対する名字の対応が変わったのか、未だに答えはでない。

「というか、七島くんって意外と周りを見てるんだね」

「はあ?」

どういう意味だと、会話をしながら自身の鞄の中にノートを仕舞い終えた名字を見る。

「だって、仮に私が五十嵐くんへの態度を変えてたとしても、普通気付かないんじゃない?」

現に七島くん以外には言われてないしね、と名字はまばらに生徒が残る教室を見渡した。
芹沼は日直のようで慌てて日誌を書いており、五十嵐は後輩の二科と一緒にそれを手伝っている。

「仮に…ねえ。ま、こんだけ席が近けりゃ嫌でも会話は耳に入ってくるしな」

「五十嵐くんって、実は怖いから」

「え?」

「なんて、冗談だよ」

名字が、座っていた椅子を鳴らして立ち上がった。
どうやら話を切り上げるつもりのようである。
ついさっきの言葉が少し気にかかったが、俺の口は何故か動かない。

「じゃあね、また明日」

「……ああ…」

そんな気の抜けた言葉しか返せずに、教室から出て行く彼女の後姿を見送ることしか出来なかった。
チラリと五十嵐を見れば、五十嵐も何故か廊下に繋がる扉の方を向いていて違和感を持ったが、家に帰る頃には忘れていた。


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