出されたお茶を見下ろす女性は、少女というには大人びている。
それもそうだ。彼女は大学生であり、自分とは10歳以上年が離れている。
それなのにどうして自分とこうして机を挟んで向かい合わせに座っているのかというと、ここが"相談所"だからだ。
ここに来る"依頼人"の半分近くはここを"なんでも屋"と勘違いしている節があるが、どうやら彼女はそうではないらしい。
深刻そうな表情を浮かべた彼女に、自分はいつも依頼人に向ける笑みを向けた。

「それで、今日はどんな御用で?」

そう、優しい声で話しかければ、彼女の目線は芹沢が置いた熱々のお茶からこちらへ移る。
その目は恐怖に怯えているわけではなかったが、どうにも言い辛そうに一瞬だけ伏せられた。

「私、昔から"怪人"に襲われやすい体質で。今回ここに来たのは、友達がここで悩み事を解決してもらったって聞いて…」

「なるほどなるほど。悪霊に困って…」

ん?

「"怪人"?」

聞きなれない単語に、自然と首を傾げていた。

「最近、人型の"怪人"がそばをうろついてて困ってるんです。学食でごはんを食べようと思ったらいつの間にか隣にいたり、買い物をしていたらいつの間にか荷物を持っていたり…」

「い……いやいや。あの、すみません、そもそも"怪人"というのはどういう…?」

彼女が困ったように喋っている途中で、少し離れた場に立っている芹沢へアイコンタクトをしたが、何も知らないといった風に首を横に振っている。
まずは状況の整理だと、話を遮るように質問を口にした。

「それについては私から説明しましょう」

「ぎゃあ!出た!!」

突然の第三者の声に、彼女は驚き立ち上がると、離れた場所にいるにも関わらず芹沢の後ろへと逃げるように駆け寄った。
その動きはどう見ても素人ではないというか、"慣れている"感じだったが、何故向かいにいる自分ではなく後ろのほうにいる芹沢なのだ、と少しだけ不満を覚える。
しかし仕事中に、しかも依頼人の前でそんな表情を出すわけにもいかないのでしっかりと営業スマイルのまま第三者へその笑みを向けた。

「……えーっと、」

閉じられた瞳。羽織ったジャケットと上にツンツンと立っている黒髪。
どこかで見たような気がして、無意識のうちに右手で自分の顎を触っていた。

「な、なにしてるんですか……島崎さん」

「島崎?」

驚いたような声を絞り出したのは、依頼人を匿うように後ろへ隠した芹沢だった。
ここにくるまで"あの様子"だった芹沢のことだ。"外"での知り合いではないだろう。
ということは、とこの街にあの巨大なブロッコリーが生える前の出来事を思い出す。
同時に、自分が目の前の男とその際に出会っていたことを思い出した。

「ああ!お久しぶりですね芹沢さん。そんなに警戒しなくとも、私は別にあなたたちに手を出しにきたのではありませんよ」

しかしこの男はあのとき自分を含めた能力者たちに破れ、姿を消したはず。
何故今になって―――しかも自分の前に現れるのだと、表では平静を装いながらも冷や汗が流れそうになった。

「なまえさんと出会って私は確信したのです。彼女こそが自分の運命の相手だと…」

「ん?ああ…え?いや、突然何の話を……」

なまえという名に聞き覚えはあった。当たり前だ。先ほど、未だ芹沢の後ろにいる依頼人の口から聞かされた本人の名。
その名をさも当然の如く口にした島崎という男と、先ほどの彼女の言動。
それだけあれば、答えを導くのは簡単だった。
前言撤回。ここは"霊とか相談所"であって"何でも相談所"ではないことを、依頼人にはっきりと伝えなければ。

「ストーカー被害でしたら警察に届けたほうが宜しいかと」

にっこりとした仕事用の笑みを貼り付け、芹沢の後ろに隠れている"なまえさん"にアドバイスをした。
霊が相手でもなく、法で裁けないような能力者の行動でもない。自分のマッサージが効くようにも思えなかったし、いくらでも対処法はあるだろう。
しかし、彼女は一向に芹沢の後ろから出ようとはせず、首を横に振る。

「警察には行きました!でも、その怪人、瞬間移動でもするのかすぐいなくなるしまた突然現れるし…霊幻先生お願いします!助けてください」

「た、確かに…相当な能力者でもない限り、島崎さんをどうこうするのは無理じゃないですかね……」

島崎と同じ"組織"にいた芹沢が言うならそうなのだろう。
確かにあのときも、何人か知った顔の能力者がボロボロのまま島崎と対峙していたようなしていなかったような。
かといって、と考える。

「(瞬間移動ねえ…)」

確かに、先ほど目の前に現れたのは一瞬の出来事だった。それが瞬間移動能力だというのなら頷ける。
しかも事務所の扉は鍵をかけていないが開いている風でもなく、彼が現れることが出来る場所に制限は特にないのだろう。
はあ、とつきたくなる溜息をぐっと飲み込み、キリッとした表情で芹沢に向き直った。

「芹沢。依頼人は今どうしてそこにいると思う?」

「え…?え、えーっと……島崎さんが突然隣に現れて、びっくりしたから…ですよね?」

こちらの質問に答えながら、芹沢は後ろにいる彼女を首だけで振り返る。
背の高い芹沢と女子大生の背の関係で若干下を向かなくてはならないので少しきつそうな体性だったが、芹沢と依頼人の目がパチリ、と合った。
少女というには大人びている彼女は物凄く美人と言えるような容姿ではないものの、女性の免疫がゼロに近い芹沢には十分だろう。
予想通り、芹沢は顔を赤くして勢いよく顔ごと依頼人から視線を逸らした。

「そうだ。そして、彼女は俺ではなくお前の後ろに隠れた…それが示す答えは一つ。依頼人は、芹沢…お前に助けを求めているんだ」

「っ、え!?」

自分で言ってて少し悲しくなった気がしたが、恐らく依頼人が芹沢の後ろに隠れたのは単純に"島崎から一番距離が取れる位置"だからだろう。
先ほどまで笑みを浮かべていたはずの島崎も、どういうことかと意識を"なまえさん"からこちらへ向けていた。

「喜べ芹沢。最初のお茶汲み以外の大仕事だ。名字なまえさんを、この男から守るんだ」

「えっ、えーー!?」

俺がですか!?という芹沢の大声。
瞬間、勢い良くソファから島崎が立ち上がった。
まさかこんなに早く戦闘が始まってしまうのかと肩が跳ねたが、島崎は見えていない両目でじっと芹沢を睨んでいるように見える。

「なるほど…私となまえさんの運命を邪魔しようというのですか。いいでしょう。かつての仲間だからといって手加減をするつもりはありませんので」

あなた相手では自分も全力でないと、と島崎はすっかり戦闘態勢だ。

「ちょっ、ちょっと…」

しかし流石に事務所のど真ん中で能力者同士の戦いが始まるのは困る。
ポケットに入っている携帯に手を伸ばそうとして、そういえば彼はまだ学校かと舌打ちしたい気持ちを引っ込めた。

「ですが、今は見逃してあげましょう。そろそろ雨が降ってくる頃だと思うので、なまえさんの洗濯物を取り込まないと」

「あっ!また勝手に!!やめてください!」

この様子だといつも話を聞いていないのだろう。島崎は彼女の制止も聞かず、現れたときと同様に一瞬で姿を消した。
顔を両手で覆っている彼女が一瞬泣いてしまったのかとぎょっとしたが、そんなことはないようで、すぐに両手を離して困惑した表情でこちらを見る。

「と、いうことなので…あの怪人をどうにかしてください」

「(怪人、ねえ)」

その単語には少しだけ引っかかったが、恐らく依頼人は能力者の存在というものを知らないのだろう。
チラリ、と視線を依頼人から芹沢へ移し、不敵な笑みを浮かべた。

「ええ。最善を尽くしましょう」


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