無事、事件もなく(ここに"彼"がいたら事情は変わったかもしれない)観光を続けている自分たちは、途中休憩で入った茶屋で団子を頬張っていた。
雑誌で話題になっていたらしいここは、和葉が行きたいと推していた場所であり自分は特になんとも思っていなかったが、目の前の彼女が(態度には出さないようにしているようだが)目を輝かせていたのを見ると、どうやら幼馴染の選択は正解だったらしい。
年齢的にも勿論大人なのだが、そういうところは所謂『女子』といったところか、と何故か悪い気はしていない自分に気付いて濁すように冷たいお茶を口にする。
また先ほどのように彼女のことが見れなくなりそうだったので、無理にでも話題を作ろうと普段からよく回る頭を回転させた。
「にしてもこの間は大変やったやろ」
「この間?」
「テレビも新聞も大騒ぎやったで。例の怪盗キッドの事件」
「ああ…コナンくんから聞いたの?」
「ま、そんなところや」
数ヶ月前、怪盗キッドに狙われた2つのビスクドール。
その片方は鈴木財閥が所有しているものなのだから、当然"毛利小五郎"の世話になっている"彼"もその場に居合わせていた。
そんな厳戒態勢の会場に、彼女も偶然来ていたというのだから当時は"彼"に何度も連絡したのであるが、勿論事件に夢中になっていた"彼"からの連絡は全て事後報告であった(しかも連絡を寄越しすぎだと怒られた)。
こんなことなら目の前の彼女に連絡するべきだっただろうかとつい勢いで交換した連絡先を思い浮かべ、それでもし彼女が危険な目にあったら困ると首を横に振る。
「そうだね。でも、毛利さんもコナンくんもいたし」
「ふぅん…」
そこで彼女の口から"彼"の名が出てくるとは思わなかったので、何故か自分の口からつまらなそうな声が零れる。
先ほどまで自分の中にあった事件についての興味が、勢い良く失われていくのがわかった。
「あの坊主、何度かキッドと対決しとるしな」
「みたいだね。聞いたときは驚いたよ。小学生なのにそんなことして、危ないのに…」
そんな自分の心情に驚き、言うつもりのない情報で彼女との会話を無理にでも続けてしまう。
これくらいの情報はきっと"彼"と共に事件に巻き込まれていたなら耳にしているだろうと口にしたのだが、自分の推理は(いつも通り)当たったらしい。
彼女の口から出た『小学生』という言葉に、猫を被っている"彼"の姿を思い出す。
「せやなあ…」
そんな上の空の言葉に、彼女が不思議そうにこちらを見たのがわかる。
生憎と"彼"は事情があって今"小学生"の姿になっている、中身が"高校生"の探偵だ。
何の偶然か"彼"は自分と同い年であり、そして目の前の彼女は自分たちよりも少し年上の大学生。
「服部くん?」
「すまん、少しぼーっとしとったわ」
「そういえば早朝に起こされたって言ってたし、案内してくれて疲れちゃった?」
「いやいや、なまえさん。現役高校生の体力なめたらアカンで!」
もう少し休憩していこうか、などとこちらを心配そうに見てくる彼女にそう笑顔で応えれば、安心したのか彼女も笑みを零す。
早朝に起こされたとはいえ自分も運動をしている身だ。あのくらいの時間に起きることは珍しいことではないと、疲れを感じてなどいない自分の身体を確認する。
どうしたのだろう、と自分の笑顔は崩さないまま、団子を頬張る彼女をバレないよう観察した。
今日の自分は何か変だ。
事件も何も起きないこの日常を、彼女と一緒に過ごしているだけだというのに。
「服部くんにあのときのこと話そうと思って色々思い返してたんだけど、コナンくんに先越されちゃったね」
「…………へ?」
なんとも間抜けな声が、自分の口から出たということに気付いたのは少ししてからだった。
「服部くん、こういう話題好きかなって思って。高校生の、しかも男の子との共通の話題ってなにかあるかなって考えてたんだけど、全然思い浮かばなくって」
「え…あ…か、考えてたって、いつ?」
「え?バイクに乗ってるときとか、服部くんが何か考え事して静かになってるときとかかな。服部くんともっと楽しめたらなって思ってたんだ…けど……?」
彼女の言葉が、段々と困惑と共に小さくなっていた。
気付けば自分は身を乗り出して彼女に質問を投げかけていたようで、そんな自分を彼女は不思議に思ったのだろう。
というよりも、変なことを言ったのかもしれない、と目を泳がせている。
そういった今の状況全てを理解しているというのに、何故か自分の口は機能を果たさず、思考回路は頭を鈍器で殴られたかのようにピタリと停止していた。
「服部くん?」
もう一度、彼女が自分を呼ぶ。
「………ちょお待ち…」
そう言うのが精一杯だった。
夏だからだろう。顔が暑い。
熱を冷まそうと飲み物に手をかけて、先ほど飲み干したことも忘れて持ち上げたコップの軽さに顔を覆った。