03
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ゴゴゴ、ととてもじゃないが軽いとは思えない音を辺りに響かせながら、それは新しい景色を開く。
これが街中で起きた音ならばかなりの近所迷惑だが、ここは森の中―――もっといえば、山の一部分とでもいえる。
そんな場所に、屋敷が1つ。
誰もが知る有名観光地、ゾルディック家の屋敷である。
「…………………」
シュニの後ろで、再び大きな音を立てて扉が閉まった。
しかし何個目かの扉を開けたところで、鬱蒼と生い茂る木々が無くなる気配はない。
一体いつまで無言のままこうして歩き続けなくてはいけないのだろうかとシュニは自分の横にいる人物をチラリと見上げた。
「何?」
「なん、でもない」
どうやら視線に気付いたようで、ほぼシュニが視線を動かすと同時に視線がぶつかる。
驚いて勢いよく視線を逸らしてしまったが、彼は特に気にしていないらしい。
再び視線を前に戻し、何個目かの扉の前に立った。
「(イルミ=ゾルディック……)」
シュニは勿論ゾルディック家がどういうものかをあのバスガイドから聞いていたので知っているし、その家の人間に一度襲われたこともあるのだからどんなものかわからないわけではない。
しかも最初に襲ってきたのは今隣を歩いているイルミであるわけだ。
久しぶりに会うとはいえ、友達という関係ではない彼とこうして歩いている自分に、シュニは何をしているんだと頭を抱えたくなるのをぐっと堪える。
「あ、そうだ」
「え?」
シュニの疑問符を聞くこともせず、イルミはそれだけをシュニに伝えてどこかえ消えてしまった。
後ろで閉まる扉の音は、最初よりも大きくなった気がする。
門自体の大きさも段々と大きくなっているようだし、一体どれくらいの重さなのだろうと門を振り返った。
「…………………」
帰りが心配になったので、現実を見るのをやめて再び前へ向く。
「こんにちは」
「……………」
そうして、驚くことなくシュニはそう挨拶を零した。
しかし、挨拶が返ってくることはない。
"前"もそうだったので、シュニは特に不満に思うでもなくいつの間にか目の前にいた男をじっと見つめた。
「さっきのはテメェか?」
「うん。遅かったね、ゴトーくん」
「だから気安く呼ぶなっつってんだろ」
いつにも増して苛立った表情と声音なゴトーを目の前に、シュニは悪気は無いとでもいうように頷く。
するとゴトーの眉間に皺は更に深くなり、シュニは気まずそうに困惑の笑みを浮かべた。
「だって、ほら、インターホンとか無かったから」
「内線が一応あるが、相手がテメェだと知ってたらどっちにしろ出なかっただろうな」
「だと思ったから、呼んだのに」
違う人が来た、という言葉をシュニはぐっと抑える。
こんな大きな屋敷で燕尾服のようなものを着ているということは、恐らくイルミたちゾルディック家に仕えている執事なのだろう。
彼の主人であるイルミのことを言って変に話がこじれても困ると、シュニは本題に入ることにした。
「これ、返そうと思って」
「は?」
シュニがバックの中をガサゴソと漁り、握った手を伸ばす。
そして握られていた物がゴトーに見えやすいように握っていた手を開き、差し出した。
「……コイン?」
「うん。5枚。必要かなって思って」
「ったく……いらねぇよ」
「え」
握っていたコインを差し出したまま、シュニはゴトーの答えに固まる。
「テメェを殺そうとした相手にわざわざ返しに来る親切心と行動力は褒めてやるよ。だけどな、念でそのコインに何かをしてねぇっつう証拠はないだろ」
「念………」
「そのコインはやる。だからそれを持ってさっさと家に帰るんだな」
殺気だって仕方が無い、とゴトーは静かに舌打ちをした。
それはゴトー自身のことではなく、この屋敷一帯のことなのだろう。
先ほどの殺気の原因がシュニだということを知らない執事達にはゴトーが自分が何とかするから待機してろということは伝えたものの、それでおさまるほど彼らは殺気に疎くは無いのだ。
「あー、帰りたいのは山々なんだけど…」
「?まだ何かあるのか」
後ろの門をチラリと気にする。
此処にいるということは、ゴトーもこの門を開けられるのだろうか、なんてことを考えて。
シュニが帰ることを渋る原因が、音も立てずに現れた。
「なにしてるの」
「!!」
「あー、えっと」
イルミを見ていたシュニでも、視界の端にいるゴトーに一瞬で緊張が走ったのがわかる。
やはり主従関係なのか、とそれだけで理解できるようなそれ。
ゴトーはシュニに対しての態度から一変、感情を消した表情でイルミへ深々と頭を下げた。
「申し訳ありません。イルミ様のご客人とは知らず」
「客じゃないよ」
「え、じゃあなんで此処まで連れて来たの」
「え?何言ってんの。シュニが勝手についてきたんでしょ」
「……………………」
お前が何言ってんだ、という言葉を慌てて飲み込んだ。
「まあいいや。じゃあ着いてきなよ。訊きたいこともあるしね」
「あ……そう」
「では私はこれで」
「うん。あ、他の執事達にもシュニのこと伝えておいてね。殺されたら困るし」
それはどっちが、という疑問をゴトーは一瞬表情に出してしまったものの、「畏まりました」とだけ言うと先ほどのイルミのように一瞬で姿を消す。
シュニが気配を探ってみても、既にゴトーの気配はわからなかった。
「何ボーっとしてんの。置いてくよ」
「え、やめてよ!」
こんな屋敷で、というかまだ森であるが、1人で残されてしまっては飢え死にして終わりである。
帰る手段であろう門を振り返ることもしたくなかったが、こちらを待つ素振りを見せないイルミを追いかけることもしたくない。
しかしこうなっては仕方が無いと、シュニは駆け足でイルミの横へと並んだ。
「…………………」
「…………………」
再びの沈黙。
本音を言えばゴトーにもついて来て欲しかったのだが、そんな我侭を言って彼がイルミに殺されないという保障は無い。
面倒なことになるのは御免だ、とシュニは仕方なく無言のイルミと無言のまま歩き続けていた。
広い屋敷の中に入ってみればやはりというか、派手さはそうないもののどこか高級感が漂っている。
まさかお金持ちだったとは、と考え、次いでカイトの顔が浮かび、箱入り息子という単語をイルミに当てはめていた。
それがあまりにも似合わないものだから、噴出しそうになって慌てて自分の口を押さえる。
そんな行為を気にかけていないイルミは、ただただ長い廊下を歩き続けていた。
彼が、イルミが、一体何を考えているのかがわからない。
まったく、親の顔が見てみたいというものだ。
「おお。イルミ。お客さんか?珍しいな」
「父さん」
だからって、本当に出て来られても困る。