02
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「あーあ。またミケがエサ以外の肉食べちゃうよ」

守衛室にいた男が、地面に座りながら呆れたように呟いた。
先ほどの男達はどうやら守衛室の扉を壊して鍵を奪い取ったようで、地面に座っている男の横には変形した扉が横たわっている。

「あのー。すいません」

「!!」

そんな男にシュニはゆっくりと近付き、大丈夫ですか、と顔をのぞきこむように見下ろした。

「あれ…お嬢ちゃん。バスに乗り遅れちゃったのかな?」

「いえ。私は、」

そうシュニが男に説明しようとしたときだった。
ゴゴ、という鈍い音と共に先ほど男達が入って行った扉がゆっくりと開く。
何事かとシュニがそちらに視線を向けてみれば、どう見ても人間のものではない手が外へと伸びてきた。
しかも、その獣らしき手の先には、骨だけになった死体が3体握られているではないか。
その骸骨が着ている洋服は先ほどその扉から入って行った男達のもののようで、シュニは唖然とその手が骸骨を離し、ガシャンと崩れ落ちる音と扉が閉まる音を同時に聞いていた。

「時間外の食事はダンナ様に堅く止められてるのにな……。ミケー!太っても知らないよー!!」

唖然としているシュニの横で、男はその光景が日常茶飯事だとでもいうように平然としている。
シュニはしばらくかたく閉められている扉を見つめていたが、動く気配が無いので安心して再び男へ向き直った。

「あの、私…この屋敷にいる人に用があるんですけど、どうすればいいですかね?」

「え……お嬢ちゃんがかい?」

シュニは扉というよりも3体の骸骨を指差して言ったわけだが、男はそれよりも「この屋敷に人を訪ねてきた」ということに驚いているらしい。
ここで話すのもなんだから、とシュニを驚きに少し戸惑っている男は守衛室に入るように促した。
シュニは一度門をチラリと見たが、とりあえず話しくらいは聞いておこうかと男の後ろをついていく。

「どんな理由かはわからないけど、うれしいねェ。わざわざ訪ねてくるなんて」

お茶とスナック菓子くらいしか出せないけど、と言って男は人の良さそうな笑みを浮かべた。

「雇われの身でこんなことを言うとバチが当たりそうだけど、本当に寂しい家だよ。だーれも訪ねてきやしない。あんな連中はひっきりなしにくるんだけどね」

そういって指差した方向には大きなポリバケツがあり、男はその中に先ほどの骸骨3体を入れていたのである。
少しズレたフタからのぞく骸骨の手をなんとも思わず、シュニは目の前に出されたお茶を一口飲み込んだ。

「まぁ稀代の殺し屋一族だから仕方ないけど、因果な商売だよねぇ……」

目の前の男も、ズズー、という音を室内に響かせながらお茶を飲む。
シュニにとっては少し渋かったが、好意で出してくれたものなので文句を言うつもりはなかった。

「お嬢ちゃんはまだ若いみたいだし…彼らみたいになることはないよ。さっき君も見たでしょ?でかい生き物の腕を。あれはミケと言ってゾルディック家の番犬なんですがね…あ。タバコを吸ってもいいかな?」

「大丈夫です」

ポケットからタバコを取り出す男はシュニの返事を聞くとありがとうとでもいうように微笑み、そっとそのタバコに火をつける。

「ミケは家族以外の命令は絶対きかないし懐かない。10年前に主から出された命令を忠実に守っている。"侵入者は全員かみ殺せ"―――あ。忠実じゃないやな。喰い殺してるから」

「…………………」

「とにかくミケがいるからお嬢ちゃんを中には入れられないね」

確かにそれは困る、とシュニは頷いた。
人であれば殺せるとか、そういう問題ではないのである。
先ほど見えたのは手だけであったが―――あれだけでも、シュニは恐ろしいものを感じ取ることが出来た。
シュニがバスから降りてしばらく門に近付こうとしなかったのも、得体の知れない気配を感じていたからで――――その正体が"ミケ"であるということはすぐにわかった。
しかし。

「いえ。私は別に、中には入りませんよ」

「え?」

シュニは元々、屋敷の中に入ろうとは思っていなかったのである。
男が色々と喋ってくれるのでその情報は一応貰っておこうと静かに聞いていたのだが、もう既に聞くことはないだろうと結論を口にした。
男はてっきりシュニが中に入りたいのだと思っていたらしく、驚いたように口へ運ぼうとしていたお茶を机の上に置く。

「まあ中に入れるようだったらそのほうが手っ取り早いかな、とは思ってましたが無理なようですし…」

「えっと…じゃあ、どうやって?」

シュニは自分でも思っていたより喉が渇いていたらしく、熱いはずのお茶は既に無くなっていた。
しかし男は新しくお茶を注ぐのも忘れ、シュニの言葉を待つ。

「入れないなら、こちらから呼ぼうかと」

お茶ご馳走様でした、と言ってからシュニは立ち上がると扉の無い守衛室から出て行った。
男は唖然とシュニの背中を見つめていたが、慌てたように手に持っていたお茶を机の上に置くとシュニの後ろを追いかける。
シュニは先ほどと同じように門をボウッと見上げていて、男は混乱したように門とシュニを見比べた。

「あ。少し離れていた方がいいかもしれません」

「え…どういう……?」

色々教えてくれたお礼だとでも言うように、シュニは笑顔とともに忠告を男に差し出す。
しかし男はシュニが心配なようで、その場から動かなかった。
そして、次の瞬間。

「っ――――――!!!」

男の身体中を、鋭い刃が貫いた。
否―――本当に貫かれたわけではない。
しかし、男は自分が生きているのか死んでいるのか、呼吸をしているのかしていないのか、それすらもわからなかった。
ドンッ、という衝撃と共に、自分が腰を地面に打ちつけたことに気付く。
そして、そこでようやく、何が起きたかを理解した。

「(な……あ………)」

声が出ない。
出そうとはしているのだが、恐怖で萎縮した自分の口から零れるのは微かな息のみ。
彼女は―――先ほどまで自分と一緒にお茶を飲んでいたシュニは、それだけで人を殺せるような殺気を一気に放ったのだ。
ただ――――それだけだった。
それだけだったというのに、自分は生死を忘れ、森はざわめき、あのミケですら息を乱す。

「(まさか……今ので、)」

今の殺気で、呼び出そうとしたとでもいうのか。
殺意には―――殺気で。

「……………何してるの?」

そう、男の耳に入ってきたのはシュニの声ではなかった。
シュニは相変わらず自分の目の前で門を見上げていて、その声は自分の後ろから聞こえてきたのである。
みっともなく地面に尻餅をついたまま、顔だけで後ろを振り返った。
同時、シュニも顔だけをそちらに動かす。
シュニよりも高い身長と、その長い黒髪。
その男を、守衛の男は知っていた。

「っ―――!い、イルミさま……」

イルミと呼ばれた男は相変わらずの無表情でそこに立っており、先ほどの殺気など気にもかけていないといった風にシュニを見つめている。

「俺の家に何か用なわけ?」

「あ……えっと……」

シュニは守衛の男を挟みながら、戸惑ったようにイルミを見た。
昔に会ったことがある彼との再会を喜んでいる場合ではなかったのである。
シュニは言い訳を考えながら、今浮かべられる精一杯の笑顔をイルミに向けた。

「(呼びたかった人と違う!!)」

いくらなんでも、それを声には出せなかった。



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