08
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「ちょ、ちょっと待った!」
地面に伏せ、未だ苦しそうにしているシュニに近付こうとしたジンの前にカイトが立つ。
何事かとジンは眉間に皺を寄せたが、弟子であるカイトの言葉を待とうとその足を止めた。
「シュニは誰かに頼まれたって言ってたんだ。そいつが原因なら、何もシュニを…」
「何を勘違いしてるのか知らねぇが、俺はコイツを看病しようと思ってんだぜ」
「っ、え?」
今度はカイトが驚く番である。
驚いたように目を見開き、ジンの言葉を頭の中で繰り返す。
次いで、手に大鋏を持ったままのシュニを振り返った。
地面に数回叩きつけられたときに頭を打ったのか、地面へと血が軽く流れている。
「にしても『頼まれた』…ねえ」
そう、ジンがシュニへ近付くのをカイトは黙ったまま見守るしか無かった。
人通りも少ないここでは、時間帯もあってか、この騒ぎを誰かが嗅ぎ付けてくることもない。
この街なら腕のいい医者がたくさんいるだろう。しかし病院食の量でコイツが満足するのか、とカイトが考えたところで。
鋭い殺意が、全身に突き刺さった。
「っ――――!!」
「、カイト!!!」
その殺意の矛先はジンではなく、一番近くに立っていたカイトへと。
打ち付けられたように、釘付けにされたかのように、カイトは動くことが出来なかった。
息の仕方がわからず混乱しかけた、そのとき。
「……あれ………カイトか……」
目の前の殺意が、自分を呼んだ。
それは呼ぶというよりは本を朗読しているような抑揚の無さであったが、先ほどの殺意が嘘のようにそこに無い。
喉に伝わる冷たさに、視線を下げることを躊躇われた。
「……間違えた」
「ま、間違えたで済むか……」
そう会話をするシュニは、カイトの知ってるシュニそのもので。
いつの間にか首に伝わっていた冷たさは消え、シュニは何も持っていない右手で額から流れる血を抑えていた。
「おい」
ふと、シュニの後ろから不機嫌そうな声。
そんな声に振り返ってみれば、ジンが不機嫌さを微塵も隠そうとしない表情でそこに腕を組んで立っていた。
「当の本人を放っておいてイチャついてんじゃねぇぞ」
「んなこと……!」
「大人なんですから素直に殺されて下さい」
「誰がテメェみたいなガキに殺されるかってんだ」
べー、と舌を突き出すジンは、シュニよりもよっぽど子供に見える振る舞いである。
しかしそれを言うと後が怖いのでカイトは黙ってそれを見なかったことにした。
「ったく、お前も面倒なことに巻き込まれたもんだな」
「オレは別に…」
「お前じゃなくてそっちの嬢ちゃんだよ」
「は?」
既に緊張感がなくなっているジンの言葉に、カイトは首を傾げる。
声に出さないだけで、そのジンの言葉を疑問に思っているのはシュニもであった。
「"頼んだ"奴の検討はついてる」
「…………………」
ジンが答えるものの、カイトはよく理解していない様子である。
対し、シュニはジンのその言葉だけで理解したらしく、ジンから目を逸らした。
そのとき無意識のうちに携帯が入っているポケットへ手が触れたが、そのことには誰も気付かない。
「とりあえず病院だ病院。行くぞカイト。そいつを連れてこい」
「病院は嫌です」
「吐血しながら言われてもな」
動こうとしないシュニを気にすることなく、ジンはそう言うとさっさと歩き始めてしまう。
シュニはそんなジンにぷいっと顔を背けると、背中を向けて歩き出そうとした。
が、目の前に少し苛立ったようなカイトが立ち塞がり、進めようとした足をシュニは慌てて後ろへ下げる。
「……えっと、」
「行くぞシュニ」
「だから病院は」
「ついて来たら俺のことを殺そうとしたことはチャラにしてやる」
「……………………」
シュニはカイトの言葉によって思い出す。
カイトを殺そうとしたときではなく、ジンに蹴られたときのことを。
あの素早さと、あれでも手加減していたであろう威力。
彼を―――殺せるか否か。
「歩けないならおぶっていくか?」
「大丈夫」
「口から血流しながら言われてもなあ…」
カイトが呆れたように言うが、シュニはジンの後ろを追うように歩いて行く。
足取りが多少おぼつかないものの、まあ大丈夫かとカイトも少し遅れてシュニの後ろからついていった。