04
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頬に触れてみれば、そこから手の甲へと生暖かい血液が流れる。
それを不快に思う前に、シュニはバットを振りかざした。

「さっきまでの威勢はどうした。血まみれじゃねぇか」

「あはは…ちょっと、手加減してほしいなあ、なんて」

「そんな歳でもねぇだろ」

投げられたコインを、バッドが弾く。
既にシュニはゴトーのコインのスピードには反応出来ていたが、その威力はどうにもならなかった。
しかしそのバッドがへし折られないのは、おそらくシュニの念の力にある。
ゴトーはそれに気付いていたし、シュニの存在よりもそれに対して警戒していた。

「テメェは、一体何者なんだ」

底の見えない念能力。
こっちの攻撃にも念は一切ブレず、ただこちらを殺そうとだけしてくる少女。
だかそれは武器にのみで、自分自身に硬を使用したり、凝でこちらを観察している様子も無い。
もしかしたら初心者なのかという予想もしたが、戦闘に関して―――もっといえば、人を殺すことに関して、コイツは長けすぎている。
まるで主人達と同じような。下手をすれば、ソレだけの意味でいったら彼らをも凌駕してしまいそうな。

「私……私ですか?」

シュニは、初めて向けられた自分への疑問に驚いたように肩の力を抜いた。
あまりにも警戒が無さ過ぎる無防備なそれに、ゴトーは一瞬躊躇った。
今攻撃しても大丈夫なのかと―――そして、その躊躇いは正しかったといえる。
そんな無防備でさえ、シュニにとっては殺せない理由ではないのだ。

「シュニですよ。親しみを込めてキノラッチ…じゃなかった、シュニちゃんって呼んで下さい」

「それは遠慮しとくぜシュニ」

名乗ったシュニの余裕に睨みをきかせるものの、少しだけ雰囲気が変わったシュニにゴトーは警戒を強める。

「……ゴトーだ。とある一家の執事をしている」

「どうもゴトーくん」

「俺には親しみを込めるな」

ゆらり、とシュニは姿勢を正した。
ゴトーも、次のコインを用意する。

「(………………あれ?)」

ゴトーの視界に、ノイズが走った。
否。ノイズというよりは、視界が霞むような。
目を閉じ、目を開け、自分の視力が正常なことを確認しようとする。
しかしそれでもゴトーの視界は薄く白んでいた。
それをよく観察する。
シュニと自分を隔てるかのように段々と濃くなってきているそれは、霧というよりは煙のような。

「なんだ…この煙は」

ゴトーが睨み、警戒する。
その睨む先にいるシュニも、驚いたようにその煙を見つめていた。
お互いに得体の知れないソレに警戒し、一歩も動かない。
そしてそれはシュニを覆い隠し、そしてシュニは身動きが取れなくなる。

「……チッ」

舌打ちをしてからコインを何枚かその煙にぶつけてみるものの、跳ね返ることもなくそのコインは地面へ落ちた。
どうやらクッション状になっているらしく、外部からの攻撃は無意味らしい。
それなら内部からならどうだろうか。
もし相手の状況が全く見えない今に攻撃されたら、避けられるかどうか。そう考え、警戒して立ち止まる。

「…………………」

しばらく待っていれば、煙がどんどんと薄くなっていく。
目を凝らしてその先を見たが、もうシュニの姿は見えなかった。

「(……絶か?)」

まだ周りにいるだろうかと気配を探るが、もし絶をされてしまっていては自分には気配が探れない。
仕方が無いかと腕の時計を見下ろして。

「あれ。こんなところにいたんだ」

「っ―――――!!」

別の気配に、ゾッとした。
慌てて振り返り、姿勢を正す。
自分の感情を表情に出してはいけない。
何も考えるな。
ただ、言われたことだけをする機械になれ。

「……申し訳ありませんイルミ様。少し、邪魔者の相手をしていたもので」

「そう。別にそんなことはどうでもいいよ。で、キルはどうだった?」

振り返ってみれば、そこにはゾルディック家の長男――イルミ・ゾルディックが立っていた。
いつからそこにいたのかはわからない。
しかしその存在はこちらが気をつけなければ今すぐにでも闇に溶けてしまいそうで、決して自分達には気付けないのだと思い知らされる。
そしてその感情の無い瞳は、いつ見ても恐ろしい。

「無事に終了されたそうです。今合流するためにこちらへ向かっておられます」

「そっか。くれぐれも俺が来てたことはキルには言わないでね。一応、今日がキルの初任務なんだし」

「畏まりました」

それだけ言うと、イルミは闇に溶けるように消えていく。
気配を探っても、既にどこにいるかはわからなかった。

「…………………」

静かに振り返る。
そこにもただ闇が広がるだけで、先ほどまで戦っていた少女はいない。
現実ではなかったのかと一瞬眉間に皺が寄るが、彼女につけられた傷の痛みに、あの戦いは本当だったのだと実感する。

「(…もう二度と、会いたくはねぇな)」

ゴトーは自分でも気付かないうちに笑みを零しながら、自身も闇へと溶けて行った。



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