03
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「………にしても滅茶苦茶食べるなコイツ」
ルームサービスとして運ばれてきた食事を、シュニは躊躇うことなく口に運ぶ。
警戒するそぶりや毒見をしようともせず、食べて良いことがわかった瞬間にマナーも何もなくシュニはそれらを口にしていた。
その様子に、というか大量の料理を勢い良く食べていくシュニにモラウは呆れたように呟く。
ノヴは唖然とした様子でシュニを見つめていたが、モラウのその言葉に咳払いをして普段通りの冷静さを取り戻した。
「あの」
コップに入った水を飲み干し、一旦落ち着いたシュニがそんなモラウとノヴを見上げる。
立ったままの二人はどうしたのかとシュニを見下ろした。
「お二人は食べないんですか?」
「ああ……いえ」
「食うつもりだったが、お前がそんだけ腹減ってんなら全部食べて構わねぇよ」
あの場所で出会った少女とまるで別人のようなシュニ。
モラウは、そんなシュニにどう接すればいいのか頭を悩ませた。
本来会長であるネテロの元へ連れて行けばいいだけなのに何故かこのビルに一泊せざるを得ないという状況。
こちらのことも話さないし、シュニについて本人に何も質問していない。
必要以上の情報は話すわけにもいかない。
しかしだからシュニに何も質問しないわけではなく、シュニという少女について"何も知りたくない"というのがモラウの本音であった。
ノヴとそのことについて話したわけではなかったが、シュニのことを必要以上に見ようとしないことから見ると同じ意見で間違いないだろう。
しかし―――今のシュニは。
まるで普通の、そこらへんにいる少女と大差無いではないか。
「もっと食べますか?」
「えっと…そうだ。ネテロさんからお金貰ってるんでそれ使って下さい」
ノヴの質問に、シュニは近くにおいてあった自分のバッグを漁り始める。
しかしノヴもモラウもシュニがもっと食べるのかということよりも先程の言葉について驚いていた。
「ネテロ会長から…お金を貰ってるのか?」
「え、はい。私働いてませんから」
「いや、そうじゃなくて」
モラウは会長とシュニの関係について気にかかっただけなのだ。
そういえば生存者についての任務も会長からの直々の任務だったし、こうして用意された部屋も彼女と自分達の二部屋だけ。
会長は、生存者が彼女だけだということを知っていたのだろうか。
「ああ。ネテロさんは私の師匠みたいな感じです。えっと、そう言えばなんとかなるって言われたような…」
「……………………」
最後の言葉は言ってはダメだろうと溜息を吐きたくなるが、ネテロが『そう言え』と言ったのならそれ以上訊いても無駄だろうと思考した。
シュニとネテロの関係を知られたくないのか、それとも別の理由か。
相手はあの会長だ。
例え彼女を拷問したところで、その答えは導き出せないだろう。
ノヴが追加で頼んだルームサービスが来たところで、ノヴとモラウも席について食事を始めた。
その間もシュニの監視は怠らなかったが、相変わらず美味しそうに料理を食べるだけで変わったことはない。
というかよくそんな細い身体に料理が沢山入るな、と感心するほどだった。
「二人はハンターなんですよね?」
ふとシュニが言葉を口にする。
二人は、とのところで向かい側に座るモラウ達を見たが、その後は料理に目を落としたまま言葉を続けた。
ハンター。
モラウは一ツ星ハンターであり、二人ともがプロハンターである。
ハンターはそのハンターライセンスを持っていれば民間人入国禁止の国や立入禁止地域に立ち入ったりすることが出来、施設や某サイトなども無料で使ったりすることが出来るのである。
まあそうだが―――、とモラウはシュニの問いに答えた。
「そういうお前は、何なんだ?」
「え?」
その問いには、ノヴも。そしてモラウ自身も内心驚いていた。
彼女について―――シュニという少女について知りたくなどないとあれだけ思っていながら、口が滑ってしまったモラウに。
「何って…別に」
「あ、いや」
「ハンターじゃないですよ私は」
慌ててシュニの言葉をとめようとしたモラウだったが、シュニが口にしたのはモラウとノヴが想像していた答えではなく、ぼんやりとした普通の答えであった。
シュニを見るが、シュニはこちらと目を合わせようとはしない。
「……………………」
モラウは思い出す。
生存者を探すということで探したあの場で、シュニと出会ったあのときのこと。
それを思い出し、モラウは喋ろうと開きかけた口をゆっくりと閉ざした。
この任務で出来てしまった縁は、どうしてもここで切らなくては。
間違っても、弟子である彼らにこの少女を会わせるなんて真似は出来ない。
「ハンターになるつもりは無いんですか?」
色々とメリットがありますよ、と口を開いたのはコーヒーを静かに飲んでいたノヴだった。
「色んな施設が無料で利用出来ますし、会長にお金を貰わなくとも生活できるようになりますよ」
ノヴが本当にシュニにハンターになるよう勧めているのではなく、シュニの反応を伺っているのだ。
最後のデザートを口に運びながらシュニはノヴをじっと見つめていた。
ノヴは笑みを浮かべず普段通りの冷酷な視線でシュニを見つめていて、そんな視線から逃げるようにシュニはデザートへ目線を落とす。
「ネテロさんは私にハンターにはなるなと」
「……………え?」
ノヴの口から零れた疑問の声にシュニは答えることなくケーキを口へ運んだ。
それ以上シュニは話そうとはせず、ノヴも静かに口を噤む。
しかし、頭の中では疑問が渦巻いていた。
考えても無意味―――というより聞きすぎで、知りすぎてしまったと後悔するべきなのだ。
会長の言葉の真意を知るよりも。何よりも。
「……………………」
シュニは机の下で、自分に来た新しいメールを静かに開く。
その携帯はオレンジではなく真っ白なものであったが―――シュニはそのメールを削除し、何事も無かったかのようにデザートを食べ続けた。