02
---------------------------


ビルへ入ることが出来るドアが自動的に開き、最初に視界に入ってくる受付嬢は万人受けするであろう笑みを浮かべている。
特に受付嬢に用があるわけでは無かったので笑みを返すこともせずチラリと見知った人影を目で追った。
じっと見てみれば確かに見知った人物で、しかしあまり顔色が良くない。
顔色が良い悪いを判断するほどの関係では無かった気がするがまあとりあえず何かあったのだろう、と勝手に憶測した。
特にその人物に用があるわけでもなかったが、別に時間に追われているわけでもない。
声をかけてみよう、と自慢の顔に素敵な笑顔を貼り付けて歩き出す。

「どうも。シュニちゃん」

「………えーっと」

ああまた名前を忘れてる、と自分の視線が冷たくなるのを感じた。
わざとでは無いようだが、覚えられないというよりは覚えたくないという感情が無意識のうちに脳に働いているのだろう。
眼鏡をかけた無駄に頭が回る戌とは違った、からかいがいがある少女に、愛しさと嫌悪感とが同時にこみ上げた。

「バリスタさん」

「パリストンですよ」

そうだった、と少女は特に悪びれもせずに、脳に刻み込むかのように頭を上下に振る。
しかしその行動も虚しく次に会うときにまた同じ会話が繰り返されるのだろう。
いや、同じではないな。前に間違えた名前は「ビル」だった気がする。とてつもなく惜しかった。

「久しぶりです。パリストンさん」

「…………うん。お久しぶり」

その可愛らしい笑顔と行儀の良い挨拶に、もしかしたらただ単に彼女は人の名前を覚えるのが苦手なのではないかと思い始める。
そして自分を目の前にしてもただじっとコチラを見上げる少女に、ああやっぱり、と本心を隠すための笑みが深くなった。

「そんな顔をして、何かありましたか?」

「あー…えっと、ネテロさんに呼ばれてて」

「会長に?ですが、会長は今日は此処にはいませんよ」

「え」

ハンター協会の会長であるアイザック=ネテロがこのビルには今日来ないことを知らなかったのか、シュニは驚いたようにその目を見開く。
同時にその動揺が伝わったのか、その長い黒髪が微かに揺れた。
そんな少女が少しだけ不憫になったので助け舟を出してあげようと、本音を隠す笑みから余裕な笑みにそれは変わる。

「会長がここへ来いと仰ったのですか?」

「ううん。連れて来られたというかなんというか」

「連れてこられた?」

首を傾げてみれば、どう説明しようかと少女は困惑した。
それはそれで可愛らしいので上手い返しだったな、と自分で自分を褒めてみる。
しかし少女が説明する前にその意味がわかったので、先にこちらが口を開いた。

「多分それは、このビルに一泊してから会長のところへ行くということだと思いますよ。そんなことを連れてきてくれた方が言ってませんでしたか?」

「いえ。特に会話はしてません」

「……ああ…なるほど」

確かに彼女と好んで会話をしたがる人なんていないだろうな、と自分のことは棚に上げてそんな風に彼女を卑下してみる。

「そういえば、パリストンさんは何故ここに?」

ふと、彼女の方から質問を返されて逆にこちらが驚いてしまった。
しかしこの作られた笑みの強度は伊達ではない。内心驚いてはいたが、笑みが崩れることはなかった。

「いえ。たまたま仕事で来てただけですよ」

「そうですか」

その嘘をどうやら信じたようで、彼女はその後深く追求してくる様子は無い。
というかハンター達が言う"仕事"の内容を聞いたところで答えてくれる人がいないということを彼女は知っているのだろう。
未だハンターですらない、このおぞましき少女は。

「では。僕はこの辺で」

「はい。さようなら」

少しの躊躇いもなく別れの言葉を言い、彼女は微かに頭を下げた。
自分はそんな少女に笑みで応え、エレベーターは使わず階段をゆっくりと上る。
未だ彼女がこちらを見ているだろうかと気になって振り返りたくなる気持ちをぐっと抑え2階に上がって。

「………………………」

自分の笑みがいつの間にか消えていたことに気付き、再び自分の笑みを取り戻す。
彼女をここに一旦寄らせるということは自分が仕組んだことではあったがこうも上手くいくとは、と作り物ではない笑みが自然と零れそうになった。
自分が副会長の座についたのはあの掴みどころのない会長と遊ぶためでもあったが、彼女―――シュニと初めて出会ったときに、コレはなんて人間なのだろうと感動さえ覚えたのを今でも忘れられない。
会長とは別の意味で、得体の知れない、気味の悪く気分が悪くなりそうな存在。

「…………シュニちゃん」

名前を呼ぶだけで、彼女と遊ぶ案が次々に沸いてくる。
しかし、彼女を保護している会長は勿論そんなことを許してはくれない。
会長への妨害工作だって全てが成功しているわけではないし、むしろ失敗の方が多かった。
それでも、諦めはしない。
こんなにも面白いことを諦めていては、三ツ星ハンターの名が廃る。

「……………………」

そんなことを考えていると誰にも悟られないよう、パリストン=ヒルはいつも通りの笑みで軽々と階段を上って行った。



「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -