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「ノブナガ!!」
声を発したのはクロロのみで、刀はシュニへと叩きつけられる。
それは刀の平ではあったが、数本骨をもっていかれそうな威力と速度にシュニは小さくうめき声をあげる。
チラリと見えたノブナガの瞳に、容赦の色は欠片も無かった。
「こんなもんじゃねぇだろ!弱いくせに手加減すんな!殺すぞ!!」
ノブナガは怒鳴る。
その泣きそうな表情で、苦しそうな声で、シュニへと言葉を叫んで。
シュニはなにかを戸惑うことなく、握ったその手を素早く開いた。
その手から何かが落ちたことも知らずにノブナガはその刀をシュニへ振り下ろす。
しかしその瞬間、シュニとノブナガの間で場にそぐわない爆発音。
シュニが手から落とした爆発物がノブナガの刀をずらし、ノブナガまでをもゴミ山へと突き飛ばした。
「っ――――!」
身体の痛みも攻撃方法も無視して、ノブナガは勢いだけでシュニへつっこんでいこうと考えていた。
無謀ともいえるそれでも、彼女を引き止められるならそれで良かった。
なのに―――――どうして。
「……………………」
自分の身体は、シュニを見つめたまま動けないでいるのか。
シュニの攻撃をまともにくらったわけでもないのに、ノブナガの背筋に寒気が走り、恐怖が全身を駆け巡る。
凄まじく、圧倒的なまでの悪寒。
こんな――――こんなものを、おれは知らない。
「私は……殺さない」
煙の向こうに、闇の奥に、シュニの姿はあった。
―――――無傷。
先程ノブナガの攻撃があたったのも嘘なくらい、シュニは平然と立っていて。
しかしさっきまでの悪寒はなくなっていた。
シュニの瞳に困惑の色があることに気付いて、ノブナガは再び刀を握り締める。
「(だったら)」
方法はひとつだと地面を蹴った。
その困惑が消えてしまうその前に。
シュニがいなくなってしまうその前に。
一気に終わらせることが出来れば、自分の願いは叶うはずだと言葉もなくノブナガは吼えた。
身体に未だ残る恐怖を打ち消すように、自分の中の不安を断ち切るように。
みっともないと笑う誰かがいようと、仲間を失わないための行動ならばどこに恥じる理由があるというのだろう。
ノブナガの足が地面に散るゴミを蹴って、その身体を跳躍させた。
その振り下ろす刀とノブナガのスピードはどうにも認識できない速度であろうとクロロは感じる。
自分でもようやっと目で追えるスピードのそれに、シュニはどう対応するのか。
しかし―――シュニは反応した。
それが意識下での行動だったのか無意識での行動なのかはわからない。
だけれど、反応したのは確かである。
「あ、ぶな……い、」
そう呟いたシュニの顔は、くしゃくしゃに歪んでいた。
泣きそうで酷く辛そうなその顔を隠すかのようにその小さな手で自分の目を覆って。
ノブナガの喉元を冷たい刃物が撫でる。
恐ろしく冷たい、死の感触。
だけどシュニはその震える手を下ろし、ノブナガの喉元を撫でていたナイフを地面に落とした。
苦しげな声音に、ノブナガは困惑する。
こんな戦いを望んでいないのはノブナガだけではないのだろう。
まして苦渋の決断でノブナガ達のところから去ると決めたシュニを、その苦悩の原因であるノブナガに止められているというのだから、その困惑はどうにもならないのだ。
シュニは自分がどうすればいいのかすらもわからないし、それはノブナガも同じである。
だからこんなことしか出来なかったし、これが正しいのかもわからなかった。
そしてわからないのは―――終わり方もだった。
「ナイフを取れよ、シュニ」
立ち上がり、ノブナガはそうシュニへ言う。
それは提案というよりは命令であったか。
シュニは何も言わずにナイフを拾う。
それは自身を守るためというよりは、仲間であるノブナガに対しての敬意である。
彼がそれを望むならば、シュニはそれに応えるという、殺し名としての数少ない誇りの一つ。
お互いが、手に握り締める武器を構えたところで。
「そこまでだ、お前達」
と、クロロが静かに呟いた。
息を止めたのは、ノブナガの方である。
その有無を言わさない声音と雰囲気にのまれそうになる。
普段の優しさはそこにはなく、冷たく恐ろしい雰囲気しかそこにはなかった。
「これ以上ノブナガを苦しませるなシュニ」
シュニはナイフをゆっくりとしまう。
「これ以上シュニを悲しませるなノブナガ」
ノブナガはクロロから目線をそらして唇をかみ締めた。
「もうやめろ。仲間内での戦いはダメだ」
「だけどっ………!」
「お前だってわかっただろノブナガ。それともいつもみたいにコインで決めるのか?それで、お前は納得するか?」
「……………………」
いつの間にかクロロの手に握られていたコインが宙を舞う。
パシッ、という音と共にクロロの手の甲と手の平の間にコインが挟まれ、差し出される。
「どっちだ」
その闇のような瞳から、シュニは目を逸らせない。
ノブナガはクロロが差し出した手を見つめ、その眉間に皺を寄せる。
表か、裏か。
だけれどそれを選ぶ意味がないことを、ノブナガは頭のどこかで理解していた。
「……………わかったよ」
その言葉に、クロロは静かにコインをしまう。
コインが表か裏か。それを知るのは、静かに佇むクロロのみ。
「シュニ。次に会うときには俺の方が強くなってるからな」
ノブナガはシュニの方を見ずにそう宣言する。
その表情を見ることが出来たのはクロロだけであったが、クロロはそれを見なかったことにした。
その後シュニが何か言う前に、ノブナガは足早にクロロへと歩いていく。
「シャルをなだめるのはクロロ、お前に任せたからな」
それを聞いて、クロロは苦笑いを静かに浮かべた。
それはとても大事なもの
(これは、微笑んでほしい悲しい話)