08
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「(―――――あ)」
数回の攻防を続け、それでも殺意が膨れ上がるシュニを見て、瞬間的にゼノは悟った。
「(駄目だ。無理だ)」
こいつを―――殺してはいけない。
ゼノは本能的に、その結果を受け入れた。
むしろ、それ以前の問題だと、目の前を過ぎる鋏を目で追いながら後悔した。
こいつと―――関わってはいけなかったんだ。
正真正銘の、殺人鬼。
「(しかし……)」
もう関わってしまったのだと、ゼノは微かに笑みをこぼす。
しかしシュニはそんなゼノの様子など見ておらず、ただ鋏を振り回すだけ。
その刃はゼノの皮を斬り、肉を断ち、抉り――致命傷までとはいかないが、それでも確実に、ゼノへとダメージを与えていた。
「っ――――!?」
「『【死ね】』」
ゼノが着地と同時にバランスを崩す。
しかしそれは偶然ではないことに、バランスを崩してからゼノは気付く。
かすり傷だと高をくくっていた傷が、気付けば致命的なものになっていたのだ。
まずい、と手に力をこめた瞬間だった。
「シュニ!!!」
そう、幼い声が響いて。
ぴたり、とシュニの動きが止まった。
ゼノも、握った拳をその一瞬で停止させた。
シュニはゼノの喉元に大鋏をつきつけたところで停止していて、ゼノは拳を腰元で握ったまま停止している。
「………クロロ?」
即座に左手を下に降ろし、意識も視線もゼノからそらす。
今なら速攻でシュニを殺せただろうが、ゼノにもうそのような気力は残っていなかった。
「おいゾルディック!!」
まだ遠い声の主を見つめ、シュニは手に持っていた大鋏を消した。
それが消えるのもゼノは見ていたが、それでもそこから動こうとはしない。
どっと、一気に疲れが押し寄せ、安堵が押し寄せる。
そうして初めて、この場へと走ってきた少年達を視界にいれた。
「あなた達にシュニを殺す依頼をしてきた人間は俺達が殺した。だから、もうシュニに手を出すな!!」
地面にゴロン、と見覚えのある顔が転がる。
確か、この小娘を殺せと依頼してきた盗賊だ。
よくもまあこんな小娘を殺せと依頼してきたものだ。
「……ああ、わかった」
立ち上がったゼノにイルミが無言で駆け寄るが、ゼノは静かに頷くだけ。
それからシュニへと振り返り、疲労しきった顔で笑う。
「なかなか良い小娘だ。どうだ?ゾルディック家に養子として――いや、イルミの妻としてこないか?」
「駄目だ!!」
そう叫んだのは、シュニではなく、クロロの後ろにいるシャルだった。
今度は―――本物だ。
シュニは笑みをこぼし、その笑みを見たシャルは顔を少しだけ赤くする。
よく見れば、全員が全員、どこかしら怪我をしている様子。
やはり盗賊である彼を相手にするのは、多少骨が折れたようだ。
「ああ。嬢ちゃん…」
「謝らなくて、いいですよ」
もう力が入らないのか、シュニは疲れきった表情でそうゼノへ呟いた。
ゼノは驚いたようにシュニを見つめ、そのあと少しだけ笑みをこぼす。
「頼まれたら殺す―――それだけでしょう」
「………面白い。やはり嬢ちゃんは、欲しいな」
「そちらとは違いますよ」
「ああ。それはわかっている」
それだけ言うと、ゼノとイルミは一瞬で姿を消した。
その光景にクロロとシュニ以外の全員は驚くが、すぐにシュニへと駆け寄った。
「シュニ!」
「う、わっ!!」
真っ先にこちらへ走ってきて、勢い良くシャルがシュニへと抱きつく。
それをシュニの疲れきった身体では受け止めきれず、そのまま地面へと倒れこんでしまった。
「おいおいシャル、シュニは怪我人だぞ」
「あ、ご、ごめん!!」
「私は大丈夫…それよりもフェイタンが」
「ああ大丈夫。今治療してるから」
上半身を起こしたシュニが心配そうにフェイタンの名前を口にすると、クロロが待ってましたとでもいうように笑顔でそう答える。
良かったと胸を撫で下ろし、シャルに支えられシュニは立ち上がる。
「ほんと、フランクリンが泣きながら走ってきたときはどうしたかと思ったぜ」
どうやらフェイタンを治療しているのはフランクリンらしく、ここにフランクリンはいない。
フィンクスが笑いながら言った言葉をきいて、彼らは静かに笑みをこぼす。
シュニも笑い、流れる血に、生きているのだと自覚した。
そして同時、言い現しようの無い不安と恐怖が、一瞬だけ頭を支配した。
簡単に終わる
(これは、殺したはずの自分の話)