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「久しぶり…だよね?人違いじゃなければ」
「………ああ。久しぶり、で会ってる。喜べる再会ではないがな」
自分でも思っていたよりすんなりと彼女への言葉を紡げた。
あの頃―――ハンター試験での彼女の印象。自分のナンバープレートを狙ってきた少女という以外、彼女に対しての思い出は無い。
「(――――本当に?)」
否。忘れているだけだと目の前の彼女から目を逸らさない。
初めてあの森でレオリオと共に彼女と遭遇したときの違和感。
そうだ、彼女はあのときなんと言っていた?
「何をしてるって…木の上よりも下のほうが休めるかなって思って」
点々と続いていた、本当に用心して観察しないとわからないような血の跡。
その近くにいた彼女が無関係なわけがない。でも、あのときはまさか返り血の一つも浴びていない少女がなにかをしたとは到底思えなかった。
しかし、今は違う。
背景に死体の山を築いた彼女は、こうして返り血一つ浴びずに自分の目の前に立っている。
恐らく―――あのとき。我々の頭上には彼女の殺した死体があったのだ。
「どうしたの?こんなところで」
視線を、名も知らぬ彼女の手元に一瞬だけやる。
何も持っていない。
まさか素手であんなにもたくさんの人間を殺したわけでもあるまい。
十中八九、念の使い手だろう。
「私に用があるみたいだけど」
しばし迷う。
何を訊くべきか。時間はあまりない。
チラリ、と後ろの死体に視線がどうしても動く。
だが―――今は。少なくとも、雇われの身である今は、私情を挟むべきでは無い。
「地下の競売品をどこへやった?」
「え?」
彼女は少しだけ驚いたような表情を浮かべた。
彼ら(この場合は彼女もそうだという確率のほうが高いだろう)は金庫に盗みに入ったわけで、彼女が殺した黒服たちはその犯人を追っていたのだ。
当然、その話になるだろうと彼女も考えていたと思ったが――違ったのだろうか。
「品物は無かったって」
「…?地下の競売品を盗みに入ったんじゃないのか?」
「そのつもりだったけど、既に金庫が空だったみたい」
「まるで自分じゃ見ていないような言い方だな」
「私は外で待ってただけだから」
おかしい、と自分の中にある冷静さを確認しながら彼女との会話を続ける。
違和感は会話の内容ではない。
先ほどまで大量の人間を殺していた人物と、こうして平然と会話をしている自分の感覚に恐ろしさを感じた。
それほどまでに彼女は普通にしているのだ。どう考えても普通ではない行動を、数分前まで平然としていたというのに。
「…………………なんなんだ、」
慌てて口を覆う。
しかし、零れてしまった言葉を拾い上げることは出来ない。
彼女は不思議そうに、その五文字を理解しようと首を傾げている。
「陰獣っていうのが先に盗んでたみたい。居場所を訊いたんだけど知らないって」
どうやら、こちらの言葉を競売品についてのことだと思ったらしい。
陰獣が、と言うが――そんな情報はこちらには来ていない。
しかし、それは偽の情報を掴まされたわけでもないだろう。
恐らく誰かが盗みに入ることを予見して先に陰獣たちが競売品を―――予見して?
そんなことが、可能なのだろうか。
「さっきまでここにいた人に訊いてみようかな」
「!」
それは、そうだろう。
こちらからも彼女の存在が認識出来たのだ。彼女がセンリツたちに気付かないわけがない。
「…我々にはその情報は聞かされていなかった。なんせ地下の競売品はそっちが盗んだと思っていたからな。だからここで待っていた」
「ふぅん。そっか。なら帰るね」
「は?」
この状況で。
今までの会話の内容で。
当然のように帰れると思っているらしい彼女に、呆れの声が出てしまった。
やはりおかしい。
目の前の彼女は、あんなにもたくさんの人間を殺した――言わば殺人鬼のようなものだ。
それなのにどうして、こんなにも"ただの人間"と話している感覚になる?
「いや、待て。まさかあんなにもたくさんの人間を殺しておいて、このまま平然と帰れると思っているのか?」
「どうして?だって、陰獣の場所を教えてくれなかったのに」
「知らなかったんだろう。少なくとも、黒服の奴らはそうだ」
「そんなわけない。彼らは居場所を知ってたよ」
「――――、?」
唐突に、会話が成り立たなくなる。
なんだ――この。
何かを盲信している者に、無意味な説得を試みているような感覚は。
「っ、待て!」
歩き出そうとした彼女の右腕を掴んだ。
反射的に出たその行動は、振り払われるか――最悪殺されるかのものだ。
そんな行動に気付き血の気が引くが、もう遅い。
自分の首に、冷たい刃が突きつけられて―――
「どうかした?」
「、」え?
不思議そうな声音。
腕を振り払いも、こちらへ殺気を向けるでもない。
戸惑う。その結果は、自分にとって有難いはずのものだというのに。
「わ、私には訊かないのか?彼らの居場所を――」
何を言っているのだろう。
知らない。そんなものは知らない。
だというのに、どうしてこんな試すような―――自分から殺されにいくような選択肢を、二度も取ってしまう?
「え?訊かないよ。知らないでしょ、居場所」
自分がいつ、彼女の腕を離したのかを思い出せない。
センリツに自身の名を呼ばれるまで、私は彼女がいたはずの場所を見下ろしながら動けないでいた。