10
---------------------------

本来、この物語の語り部はぼくであるべきでない。
それなのに、目の前の赤色はいつも通りその唇で綺麗に弧を描くのだ。
最初は単なる世間話だったと思う。
これほどまでに世間に馴染んでいないぼくたちが"世間話"をするというのも変な話だが、先ほどまでは確かにそれは世間話だったのだ。
そして、そんなどうでもいいそこらへんに転がっているような世間話の内容は置いておこう。自愛はあっても他愛の無い話だ。

「そもそもあの依頼をしたのはお前だろ?」

ぼくの視線は、目の前に置かれている手の付けられていない飲み物に固定されたまま。

「あたしは"零崎"なんてもんに関わりたくはなかったんだけど、せっかくの"いーたん"からの依頼だ。張り切ったんだよ」

そう。ぼくはその言葉の通り、この請負人に依頼をした。
『京都連続通り魔殺人事件』とはまた違う。あの"件"に名はない。
そもそも、事件にすらなっていないのだ。あれは"表世界"で起きたものではない。
それでも―――だとしても、"知ってしまった"からには放っておくことはできなかった。
かといって、"死んでしまった"ら意味が無い。
だからぼくは依頼をした。『あの大量殺人を止めてくれ』と。
それだけなら目の前の赤色は動いてくれなかっただろう。いくらその綺麗な口から『せっかくのきみからの依頼だから』などといった言葉が零れたところでそれは変わらない。
だから先ほどの"あれ"は、彼女なりの嫌味なのだろう(笑顔のほうがそれを物語っていることは内緒にしておく)。

「ま、あたしを探してたってのは本当だったしな。いつか出会う運命だっただろうさ。先に出会えたのは良かったのかもしれない。いやまあ、あたしが本気を出せば一生会うことなんて無かっただろうけどよ」

そう冗談ぽく言ってみせるが、それは実現可能なことだろうとぼくは飲み物が入った容器を見つめるのをやめた。
大量殺人の原因である"あれ"は、"人類の最もに達した3人"を探していた。それは、ぼくが色々な"ツテ"から入手した情報だ。
最初は半信半疑だった("彼ら"に出会いたくないという人物は数え切れないほどいるだろうが"逆"は0だと誰もが思うからだ)が、それが"零崎"となると話は違う。
―――"零崎"。それが、ぼくがこの件に関わろうと思ったきっかけである。

「あたしはさ、自分がしたいからそうするとか、そういうんじゃないんだよ」

目の前の赤色は突然語り始める。

「あいつがあたしのことを探してて、かつ殺そうとしてたのは聞いてた通り本当だったよ。でもさ、それはそれ、これはこれだろ?こう見えてもあたし、結構イイヒト属性だからよ。

「どうしたかって?別に。どうもしないさ。あたしは請負人であって助っ人じゃない。まあ万能ではあるけどな。

「この世界にいたらあいつは確実に最悪な結果を迎えていただろうね。それが零崎の習性というか宿命だ。ああ、この名字をこんな風に口にするとはな。

「人類最強。人類最悪。人類最終。この3人を全員殺そうとしてたんだから、半端な死に方は出来ないだろうよ。でもよ、それはあまりにも邪道だろ?あたしは王道が好きなんだよ。ベッタベタにありふれた、女のために男が命をかけるような、そんな物語が好きなのさ。お約束の展開、王道のストーリー、どっかで聞いた事のある登場人物に、誰もが知ってる敵役。使い古された正義の味方にありふれた勧善懲悪、熱血馬鹿に理屈馬鹿。ライバル同士の友情にお涙頂戴のハッピーエンド。そういうのがほんっとうに大好きなんだ。

「え?前も聞いたって?知ってるよ。聞かせてんだよ。そういうの好きだろ?お前。だからあたしは、あいつに普通に幸せに生きて欲しいって思ったのさ。で、ここからがお前が聞きたかった理由の話だ。

「人類最強。人類最悪。人類最終。『因果から弾き出された存在』を殺そうとしているあいつが、この世界で生きられる保障はない。だったらどうするか?答えは1つだ。あいつ自身を『因果から弾き出された存在』にする。

「あたしは万能だ。でもあいつはそうじゃない。だから条件付きの存在だ。

「それこそがあいつを他の世界に行かせた理由。これであいつはこの世界において『因果から弾き出された存在』になった。

「だから、まあ、言ってしまえば今のあいつならきっとあたしを殺せる。その間にあたしは1億回くらいあいつをハグするけどな。

「でももうあたしとあいつが会うことはないよ。もちろんお前ともな。

「え?なんでって…おいおい、あたしがお前を置いて違う世界に行くわけねーだろ。って、なんだその顔。もっと照れるとかするだろ、普通」

ぼくの思考も言葉も入り込む余地のないその語りは、次から次へと紡がれた。
というか、なんだ?他の世界?行かせた?そんな話は初耳だ。
てっきりもう、その"零崎"は死んでいるものだと思っていたが、その口ぶりでは、まるで"どこかで生きている"ようじゃないか。
一気に語られた事実と情報に頭の処理が追いつかず、再び紡がれそうになる言葉を遮るように右手をあげる。

「哀川さん、ちょっといいですか」

瞬間、人生で最も痛いデコピンがぼくの額に飛んできた。
何だ今の。頭が後ろに吹っ飛んだかと思ったぞ。ぼくが知っているデコピンではなかった。もう一度言おう、何だ今の。
痛みに悶絶するぼくのことなど気にせず、哀川さんはいつものように不敵に笑う。
どうやら、ぼくが色々と訊きたいことの説明がなされる可能性は低いらしい。

「上の名で呼ぶな下で呼べ。あたしを苗字で呼ぶのは敵だけだ」



人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -