07
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シュニの目の前の殺意は無傷ではない。それでも、致命傷には程遠い。
会話もなく2人は殺し合いをしていたが、決着は見えなかった。
確かにフェイタンはシュニを殺そうとしていたし、シュニは簡単に殺されるはずもない。
しかし、お互いにこの殺し合いをただ長引かせる必要もないのである。
息があがっているのは、シュニの方だった。
これは―――単純に念能力の扱いの差だった。"念"を使用しているフェイタンと、"念"を道具としているシュニの、"念"への理解度の差。
こればかりはどうにもならない。埋まるはずもない。越えられるわけのない壁。

「……待てよ」

と、低い声があがった。
第三者。シュニは心のどこかで、自分を追いかけてきたのが彼ではなくフェイタンで良かったと少しだけ思っていた。
それなのに、ここでこうして再会してしまうのか、と息を吐こうとする。
影はゆっくりと2人の元へ近付いてくる。

「なに、くだらないことしてるんだよ」

「……それ以上近付いたらこいつごと斬るね」

フェイタンの言葉に、一切の感情はなかった。
それでも影は一瞬だけフェイタンのもつ刀をちらりと見て、躊躇せず足を進めた。
フェイタンもまた。
赤く、血が跳ねる。

「!」

果たして、その結果をシュニも想像していたかどうか。
刀を、影は素手で受け止めていた。
念の込められた手のひらが、その刀の勢いを殺して刃を掴んでいる。
流石に無傷とはいかず手の平からは血が滴っているが、影はその場からぴくりとも動かなかった。

「……………、」

シュニは、影の名を呼ぼうとした。しかし、動かしかけた唇を止めてしまう。
今も刀は、フェイタンと影の間で震えている。
それが影の側に傾けば、影はその身を斬られるだろう。

「なにしてんだよ!!」

しかし、刀に怯えるでもなく、その手の平から血を流しながら影はフェイタンへ吼えた。
そのあとで、ぎり、と奥歯を噛む。
フェイタンを睨みつつ、影の瞳は怒りに燃えていた。
フェイタンは問いに答えない。影が、この状況を理解できないほど愚かではないことを知っているからである。
だからこそ割り入ってきたのだろう。阻止しようとしているのだろう。

「………………」

先に力を緩めたのは、刀を振るっていたフェイタンだった。
こうなった影が、一歩も引かないことも知っていたからである。

「どうやら本物だたね」

「………?」

フェイタンの言葉に、二人はほぼ同時に首を傾げた。

「こんな弱いならシュニで間違いないね」

なんのことを言っているのだろう、と二人は本気でわからないようだった。
それに、フェイタンはそれ以上何かを語るつもりはないらしい。元より口数の少ない彼だ、二人とも答えを期待してはいない。
しかし、ふとシュニは過去に心当たりを見つける。彼らと過ごした過去がそこで止まっているシュニには、フェイタンの言動だけで十分だったのかもしれない。

「("イルミ"のこと―――?)」

口には出さない。
"彼"と現在で関わりがあると知られたら、今より状況はややこしくなるだろうとシュニは心の中で答えを呟いた。
シュニが熱を出し、ソファで寝ていたあの日。
"フランクリンとフェイタンを騙し、シャルナークに扮していたイルミがシュニを殺そうとした"日。
本気かどうかはわからない。それでも、フェイタンが言いたかったのはそういうことなのだろう。
『果たして自分の目の前にいるのは自分たちの知っている"シュニ"なのか、それとも" 誰かイルミ"が変装しているシュニなのか』―――対象がシャルナークからシュニへ移っただけで、あの日の動作を、フェイタンは繰り返していただけ。

「っ、」

未だフェイタンに怪訝な表情を見せていた影だったが、そんなことはどうでもいいとでもいうように、自身の手から滴り落ちる血すらも気にせず、何の前触れもなく振り返る。
咄嗟に目が合ったシュニは、目線を逸らすことが出来なかった。
影―――シャルナークは、そこでようやく、シュニへと口を開く。

「久しぶりだね、シュニ」

「………そう、だね」

そう、頷くしかなかった。
シュニは少し混乱していたのである。
"彼ら"は自分を殺すものだと思っていた。だからこそ追いかけて来たのだろうし、だからこそ先ほどまで本当に殺し合いをしていた。
そのはずなのに、今は目の前の二人から自分への殺意を微塵も感じられないのである。
それならば、なんのために自分の目の前に現れたのだと、シュニは本気でわからなかった。

「やめろシュニ。俺達はお前を殺そうとなんて思ってない」

ピク、とシュニの指先が動きを止める。
この場に蔓延する殺意。それを未だに発していたのは、他の誰でもないシュニだけ。
後から現れた"彼"の言葉がなければ、シュニはその手に持った鋏で殺意を振りまいただろう。
過去でもそれほどシュニと喋ったことの無い"彼"がそんなシュニの様子にいち早く気づいたことに、シュニ以外の2人は特に疑問符を浮かべなかった。

「フランクリン、」

「ようシャル。電話のことは気にするな。それと、シズクは先に帰しておいた」

シャルナークの視線が、草陰から現れたフランクリンへと動く。
シュニの殺意に怯えるでもなくこちらへ近づいてくる巨体の言葉に、シュニの手から鋏が消えた。
どうして、とシュニの頭の中に疑問が浮かぶ。
やはりフランクリンもシュニに対して殺意を持っていない。しかもその口から堂々と「殺そうとなんて思っていない」と否定の言葉が出たのである。
ならば何故追いかけてきたのか。どうして自分を殺さないのか―――"零崎"であるシュニは、彼らの思考を理解できない。

「まあ、なんだ。こんなところで立ち話をするつもりじゃないよな?」

「あは…は、クロロにでも挨拶にいけばいいのかな」

「…?クロロがここにいることを知ってるのか?」

「……………………」

どこからどう話そう、とシュニは唇を閉ざす。
"この世界"についてある程度知識をつけた今、誤魔化す必要も、嘘をつく理由もない。
だとしても、これを説明するには随分と手間がかかるのだ、とネテロへ自分のことを説明した過去が頭によぎった。
それに、今は他にもやらなくてはならないことがある。
そこでシュニは、簡単かつ、この場で一番便利な言葉を彼らへ投げかけることにした。

「詳しいことは、また後で」



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