06
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彼らが"それ"を見つけることは簡単だった。
隠そうともしていない溢れ出る殺意は、"そういう世界"で生きてきた彼らにはヒントというよりも答えである。
しかしどうして今になってこれほどまでに殺意を抑えなくなったのか、そこだけは彼らにはわからなかった。
「ここで待て」
前髪を上げた男の声に、後ろにいた男たちは黙って従う。
1人、既に廃墟と化している建物に足を踏み入れる男の表情に変化はない。
ゆっくりと一歩ずつ足を踏み出しながら、どこからか取り出した包帯をその額に巻き、上げていた前髪を下ろし、結っていた髪を解く。
閉じた瞳を静かに開いた男の口元に、微かに笑みが浮かんだ。
足を止める。
その瞳の先に、闇を映して男は口を開いた。
「………ねェ、お嬢さん」
返事はない。
「お嬢さんってば」
血の匂い。目を凝らさなくとも、男にはそこら中に死体が転がっているのがわかった。
腐敗が始まっているものは少ない。ということは、ここに来て間も無いか、"殺し"を始めたのが最近か。
―――そう、"殺し"。
この廃墟内に転がる死体はなにも集団自殺や突然死があったわけではない。
男が声をかけた唯一の"生存者"―――名も知らぬ少女に"殺された"のである。
「あなた誰ですか?」
「あれっ。気付いてたの?」
突然返って来た声に驚くこともなく、男はにっこりと微笑んだ。
それだけを見れば黒髪のいかにも好青年といったような風貌だ。しかし辺りに死体が転がっているここでは、それすらも狂気に成り得た。
「こんなところで何してるの?」
「――死体観察?」
外に待たせた男たちへかけた声音とは全く違う。
とぼけたような返事をする少女にも「面白いことを言うね」と笑うだけだ。
「あなた誰ですか?」
そんな男に、今度は少女が質問をした。
男は先ほどまでしていた驚いたような表情をやめ、ゆっくりと目を細める。
「クロロ=ルシルフル。仲間には団長って呼ばれてるよ」
そう、男は自身の名を名乗った。
少女はその偽名かもしれない名に興味がないのか、死体から剥ぎ取ったであろう携帯食を眺めている。
それからいくつか言葉を交わしたが、お互い核心をつくような言葉を口にすることはなかった。
「―――何事にも」
「…?」
突然呟いた少女の言葉をクロロは聞き逃さなかったが、求めていた反応とは違ったのだろう。何事だろうと視線を少女の持つ携帯食から少女自身へと戻した。
「何事にも終わりはあります」
そう言って少女はすくっと立ち上がった。
クロロは少しだけ警戒して少女を見る。
間違っても、殺気は出さないようにして。
「ああ。そうだね。でもまだオレには聞きたいことがある」
「…聞きたいこと?」
「君の名前さ。もしかしたらオレの知ってる人かもしれない」
「そんなはずは……」
無いと言い切ろうとしたのだろう。しかし、少女はクロロの瞳に魅入られたように言葉を詰まらせた。
「どうして、私の名前を?」
少女は一度落ち着いてから、そうクロロへ質問で返す。
クロロは相変わらず人当たりの良い笑顔を浮かべるだけだ。
立ち上がったのが早すぎただろうか、と少女は少し後悔する。
それでも後には引けない。クロロの口が動いた瞬間にでも、少女は動き出そうとしていた。
「………私は狩襖シュニ。あなたとは、初対面のはずだけど」
「本当に?」
少女はクロロの問いを聞き終える前に、力強く地面を蹴った。血で汚れた手など気にしている場合ではない。
"逃げろ"と本能が言っていた。殺せないと思ったわけではない。勝てないと踏んだわけでもない。
それでも、この場は"逃げるのが一番"だと、少女は結論を出したのである。
クロロはそれを止めるでもなく、少女が立って居た場所を見つめて静かに笑みを浮かべている。
「だよな」
と、喉を鳴らす音があった。
外で待機を命じられていたうちの1人の男が立ち上がる。
地面を蹴り、共に待機していたもう1人をその場に残して先にその場を離れた。
眼前にはこの場から立ち去ろうとしている少女。
少女も男に気付いたのだろう。しかし構っている場合ではないと、足に力を込めようとした瞬間。
「っ!」
男が腰に携えていた刀が抜かれ、それは勿論少女へ襲い掛かる。
刀は触れてないというのに、切られた少女の髪の毛が数本舞った。
少女が防御を怠ったわけではない。
むしろ、攻撃の射程外へ出ようと回避に専念したその動きでは、いかなる攻撃も少女を傷付けられぬはずだった。
なのに、その刀は少女の上をいった。
しかし少女もそれに怯みこの場に留まるわけがない。すぐに逃げる方向を変え、その刀の届かぬ場所へ姿を消した。
「シュニ!」
男の喉は、まるで誰かの命をたぐりよせようとするように、がむしゃらに叫んでいた。