01
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ヨークシンドリームオークション。
年に一度開催される、世界最大の大競り市。
10日間にも及ぶ公式の競りだけで数十兆の金が動く。
昨日1万で競り落とした品物が、次の日には1億で売れることもあるまさに一攫千金。夢の市。
その一方で、数万点に及ぶオークションハウスにまぎれ、犯罪に関わるモノのみを扱う闇のオークションも多数存在する。

「……………………」

シュニは目の前の料理をじっと見つめたまま手を出さずにいた。
本当は今すぐにでもそれらを頬張りたい気分であったが、両隣にいる2人がそれを良しとはしない。
黒い燕尾服を纏い、無表情のまま無言でシュニの両隣を固める男2人の名をシュニは知らない。
彼らはミルキがシュニへ"貸し出した"執事である。
といってもシュニの執事をするわけではない。
シュニが"それらしく"見えるように振舞うだけの、云わば飾りであった。
故に2人は喋らないし(流石にシュニの大食いの件に関してはミルキから言われていたらしく手を出す前に止めたが)、シュニも2人の存在は無いものとしていた。

「(早く脱ぎたい…)」

シュニはミルキに借りた(というかミルキは『返さなくていい』と言っていたが)パーティドレスに一瞬顔をしかめ、すぐに表情を戻す。
普段着慣れないそれと履き慣れない靴に戸惑っていたが、これも目的のためだと大人しくしていた。
幸運にも、両脇にいる男2人が威圧感を放っているためかシュニへ話しかけようとする人物はいなかったため未だにシュニのボロは出ていない。
確かにミルキはシュニの存在を"偽装"したが、それはあくまでデータ上のこと。シュニ自身が"その人物"になりきれるかというと、答えはNOに近かった。

「まだかな…」

ボソッとそんな言葉を呟くが、勿論返事が帰ってくることはない。
シュニは世界最大の競りが行なわれるヨークシンシティの"地下競売"に参加しようとしていた。
セメタリービル。賭けられる商品は『コルコ王女のミイラ』というシュニにとってはどうでも良いものであったが、このあとの"目的"へ辿り着くにはいくらか手順を踏んで着実に行かないといけないのだ。
それでなくとも、公式のものでないというのにこの競りは厳重な警備の元に成されている。
買人側は3人一組でしか入れず、武器・記録装置・通信機器の携帯の持込も競売の場へ持ち込むのは許されていない。
会場内のセキュリティは地下競売をとりしきっているマフィアン・コミュニティーが全責任をもって行なっており、それ故逆に問題はほとんど起きていない―――下手をすれば全世界のマフィアを敵に回すことになるからだ。
会場の中は全て『信頼』で成り立っている。
だからコミュニティー側も防犯ビデオ等は使っておらず、参加者は全員地上のイザコザを全て忘れるのが暗黙の掟。
それだけに何かが起きたときは各自の証言が重要視される。この言葉は裁判所の宣誓証言よりはるかに重い。
つまり―――会場内での印象は大切なのだ。絶対に些細なモメ事も起こさず、仲間以外との会話も慎むべきである。
それをミルキから伝えられていたからこそ、シュニは名も知らぬ男2人の忠告に従っていた。

「!」

ふと、小さなバックに入れられていた携帯が振動する。
会場内に入ってしまえばその携帯は警備の者に預けなくてはいけなかったが―――"待合室"ともなっているここでは、まだ通信機器などの使用は許可されている。
シュニは男2人にアイコンタクトをすると、外へと共に出て行く。
人の気配が無くなったところで、シュニはバックから取り出した携帯の画面を見下ろした。

「もしもし?どうかした?」

まさか連絡が来るとは思っていなかったので、少し驚いたようにシュニは電話に出た。
その携帯は普段シュニが持ち歩いているものではない。
ミルキが『一応の連絡用に』とシュニへ持たせたものである。

『突然悪いな。ちょっと訊きたいことがあるんだけど、今大丈夫か?』

「うん。競売はまだだし周りに人はいないよ」

電話の相手は勿論、シュニへこの携帯を持たせたミルキ本人である。
というより、この携帯の連絡先を知っているのは彼以外いないのだ。当然だろう。

『グリードアイランドってゲーム知ってるか?』

「え?」

『お前のライセンスでヨークシンのオークションを調べたときにその情報も出てきたんだ。今年のオークションにそのゲームが数本、あるいは数十本流れるって情報。どうやらある人物が大量に抱え込んでたって話でさ。本当か嘘かはわかんないけどな』

ミルキが少し黙ったので何かを考えているのかとシュニは思ったが、少し考えてお菓子を食べているだけかと容易に想像がつくその姿を思い出して笑いそうになったのを、ミルキにバレないよう静かに堪えた。

「そのゲームがどうかしたの?」

『ああ…いや、何も競り落とせって言いたいわけじゃない。ただ、その情報が本当かどうかそっちで何かわからないか聞こうと思っただけだ』

耳をすませば、カタカタとミルキが触っているであろうキーボードの音がシュニの耳に入ってくる。
少し後ろに立っている男の1人がシュニの視界にゆっくりと懐中時計を入れ、もうすぐ競りの時間だとシュニに知らせた。
シュニはそんな男に軽く頷き、ミルキの言葉に少しだけ考える。
そしてなんの躊躇いも無く、その口を開いた。

「あげようか?そのゲーム」

『………………は?』

ミルキの口から、聞いたことのない気の抜けた声が零れる。

「私、そのゲーム持ってるよ」

と、シュニは驚いたように自身の耳から携帯を出来る限り遠ざけた。
文字で表現できないような驚きの声が大音量で耳元から聞こえたのだ。無理もない。
そのまま少し放置して、もう大丈夫かとシュニは恐る恐る再び携帯を耳へ近づけた。

『冗談言ってからかってる場合か!こっちは金をいくら出してでも手に入れようとしてんだ。情報が手に入れられそうにないなら正直にそう言え!初めから当てにはしてねえ!!』

先程よりはマシだが、それでもかなり騒がしいミルキの声にシュニは苦笑いを零す。

「本当だよ。結構前に報酬として貰ったんだ、そのゲーム」

冗談でも嘘でもない。
シュニは"仕事"の報酬として、そのゲームを対価に貰っていた。
ゲームにも興味のないシュニは一度たりともそのゲームを起動したことはないが―――"あの男"が渡してきたのだ、偽物ということはないだろう。


「ああシュニちゃん」
「ゲームは好きですか?」



あのときに『どちらかと言えば好き』と適当に返答したからなのかはわからないが、確かにあのゲームはシュニの手元に存在する。

『…………いや、それは受け取れないな』

「え?」

『というより、"そんなもの"は引き取ってくれと頼まれてもお断りだ。こっちはこっちで手に入れるから気にするな。それにもうすぐそっちは競りの時間だろ。それじゃ、切るぞ』

「え、ちょっと」

ミルキ、と名を呼ぼうとして、通信の切れた音がシュニの耳に入る。
一体どういうことだろうとしばらく通信の切れた画面を見つめていたが、後ろの男が再び時刻を知らせるのでシュニはもう使わない携帯をバックへしまった。

「『報酬として貰った』、ねぇ…」

ミルキはパソコンの画面に表示されている各世界の時間を見ながら、盛大に溜息をつく。
"こんなゲーム"を報酬にとシュニに渡す"人物"。あの喋り方からしてシュニがあのゲームを欲しがったわけではないことはわかりきっていた。当然、どんなゲームなのかも、その価値も知らないのだろう。
それに恐らく、"そういったもの"を報酬として渡しているのはその1回きりではないはずだ。
ミルキには、それだけで十分に"2人"の関係性がわかってしまった。否、シュニに仕事と報酬を与えているのが"1人"とは限らないが―――相手が"組織"だというのは、どうにもしっくりこなかった。
反応を見ることを楽しむでもなく、その報酬でシュニを釣るわけでもなく。ただただ"自分の欲を満たすため"だけのために、シュニが価値のわからない――――価値のあるものを与えている。
"そんなもの"を受け取ってしまえば、シュニ自身は『差し上げた』と思っていても、"そいつ"はそうは思わないだろう。
オモチャに与えた"遊具"を横取りされたと―――"仕事"の矛先はこちらへ向く。

「……………………」

しかしそれがわかったところで、ミルキはそれを"どう"にかしようとは思わなかった。
これは自分が"どう"にかするものではない。それに恐らく彼女はその現状を自ら望んでいる。
だとしたら、自分に出来ることは"それ"になるべく関わらないことだ、とミルキはもう使うことの無い携帯をゴミ箱へ放り投げた。



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