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―――イライラする。
ゴトーは、息を吐こうとして、やめる。
隣には自分と同じ立場の執事たちがいる。
呼吸を乱すな。気配を同調させろ。自分は個ではなく集団だ。

「先ほどは大変、失礼致しました」

苛立ちの原因は目の前の"客人"か?
それとも―――先に足を踏み入れた"客人"か?

「奥様から連絡があり、あなた方を正式な客人として迎えるよう申しつけられました。ごゆっくりおくつろぎ下さい」

そうは言うが、執事用のすまいに案内された彼らにくつろぐ余裕などないだろう。
ゴン。クラピカ。レオリオ。彼らが待つ者はゴトーの目の前の3人をそう呼んでいたが、ゴトーは3人に対して興味を持っていなかった。
いや―――"今はそれどころではない"というのが本音だろうか。

「心遣いはうれしいが、オレ達はキルアに会うためここに来た。出来ればすぐにでも本邸に案内してもらいたいんだが」

「その必要はございません。キルア様がこちらに向かっておいでですから」

「!!本当!?」

「ええ。もうしばらくお待ち下さい」

3人は、"家に帰ったキルア"を"助け出し"にきたという。
ゴトーはそれに対して何も思わなかった。
ただただ面倒なことが起こったと、自分の仕事が増えたことに対して溜息をつきたくなっただけだ。

「……………………」

――――しかし、とゴトーは少し考える。
表情はその光を反射する眼鏡で伺えない。
突然の来客。しかも"仕事を頼みにきた"などと堂々屋敷へ訊ねてくる始末。そんな依頼人は、今も昔も彼女だけだ。
そして、目の前の3人―――キルアの"友人"だと自称する―――よりも、キルアに会わせたくはない人物。
"縁ができる"というカタチですら嫌なのだ。キルアの身を案じているだとか、そんなものではない。
"あいつ"は――――"そんなもの"ではないのだ。
どちらかと言えば、今は3人がキルアを彼女がいるこの屋敷から連れ出してくれたほうが、ゴトーの精神衛生上良いのかもしれない。
だとしても、とゴトーは目の前の3人を値踏みするように見下ろした。
このイライラは、目の前の3人か?それとも―――違う"何か"か?
わからない。だとしても、目の前の3人に八つ当たりするくらいなら、許されるだろう。

「さて、ただ待つのは退屈で長く感じるもの。ゲームでもして時間を潰しませんか?」

指で弾かれたコインは、狙ったとおり自分の手の内に綺麗におさまった。

「……………………」

ミルキの部屋から出たシュニは、とりあえず一旦自室に戻ろうと歩き出す。
用は済んだ。このまま帰っても良かったのだが、前のように"誰か"が車で山を下ってくれるかもしれないと思い、それに甘えようかと考えていた。
それに―――"客ではない誰か"と鉢合わせてしまう可能性を、誰も望んではいないだろうから。

「(キルア、か…)」

何度か耳にしたその名を口の中で転がす。
あそこまでイルミたちが彼を気にするのは"家の事情"なのだろう。
そこに足を踏み入れようとは思わなかったし、容易に踏み入れられる領域だとは思っていない。
それに、どうも、シュニは"彼"と自分に縁が出来るとは思えなかったのである。
確信はない。確証もない。ただなんとなく、ぼんやりと心の片隅でそう思っているだけだ。

「……………………」

シュニは立ち止まる。
特に何かが気になったわけではない。
だけれども、他人の自分をよくこの屋敷に招き入れたな、と後ろを振り返り辺りを見渡しながら改めてそう思う。
暗殺一家、ゾルディック家。
ゴトーはあからさまだった。ゼノとシルバ(多分ツボネも)はわかっているようだった。ミルキはどうでもいいようだったし、イルミは何を考えているのかがわからない。
彼らのようなものは、自分のようなものとは関わりたくないと考えると思っていたのだけれど。
くるりと視界を体ごと前へ戻す。

「……部屋、どこだったっけ」

シュニがツボネの名を呼ぶまで、そう時間はかからなかった。

「すばらしい!!」

場面は戻り、執事であるゴトーはゴンたちに笑顔を向けていた。
今まで無表情で彼らを囲っていた他の執事たちも、楽しそうに拍手を送っている。
その様子の変わりように、レオリオは唖然とした表情を浮かべていた。
と、遠くからキルアがゴンを呼ぶ声。
ゴンははっとしてキルアの名を呼び返す。

「いや―――少し悪フザケが過ぎました。大変、失礼いたしました」

笑みを一切崩さずに、ゴトーはしかし、と言葉を続ける。

「時間を忘れて楽しんでいただけましたでしょう?」

その言葉に、レオリオは自身が身につけている腕時計を見下ろして「迫真の演技だったぜ」と驚いたようにゴトーを褒めた。
そこに、先ほどまでの緊張感は一切無い。
ゴンはそんなゴトーを何か言いたげな表情で見つめていたが、現れた"友人"の姿にソファから勢い良く立ち上がる。
キルアも嬉しそうにゴンたちへ駆け寄り、怪我をしている互いの顔を酷い顔だのなんだのと楽しそうに言い合っていた。
そして、ふと思い出したかのようにキルアはゴトーへ視線を移す。

「あ、そーだゴトー。いいか、おふくろに何を言われてもついてくんなよ」

「承知しました。いってらっしゃいませ」

キルアの言葉にゴトーは頭を深々と下げ、丁寧な口調で背中を見送る。
ゴンはやはり何か言いたそうにゴトーを振り返った。

「ゴトーさん、キルアがいなくなったら寂しくなるね」

「いいえ…私共執事は雇用主に対し特別な感情は持ち合わせておりませんので」

ゴンの投げかけに、ゴトーは機械的に本を朗読するように自分の中で決まっている返答を返す。
自身がそうだと確信しているし、雇用主であるゾルディック家はそういった者を必要としている。
もし自分がそうでなくなったらここに必要とはされない。それは自分でなくてもいいのだ。
ゴトーは、ゴンの名を呼ぶ。
先ほどのゲームのようにコインを指で弾き、常人なら目視できないようなスピードで左右のどちらかの手の中へそれを隠した。

「さあ、どっちです?」

今回は先ほどみたいなペナルティはない。
だとしても、ゴンは自分の目を信じて答えを示す。

「左手でしょ?」

その答えに、ゴトーは笑みを浮かべたまま握られた両手をゆっくりと開いた。
ゴンは驚いたように目を見開く。
弾かれたコインは―――ゴトーの右手に。

「うそ………」

「そう…トリックです」

確かにゴトーは左手でコインをキャッチした。
それでも、答えは"右手"なのだ。

「世の中正しいことばかりではありません。お気をつけて」

それは"キルアの友人"に向けた言葉か。

「キルア様を、よろしくお願いいたします」

深々と下げられたゴトーの頭を見て、ゴンは何か言葉を返そうとした。
それでも、"世の中"を知らないゴンは、何も言葉が出て来なかった。

またう日まで


(これは、どうにもならない未来への話)



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