09
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「何眠そうな顔してんだ?枕が合わなかったのか?」

「いや……ちょっとね」

ミルキの部屋で、シュニは彼にもらったお菓子をぼんやりとした顔で口に運んでいた。
そんなシュニをミルキは首を傾げて観察していたが、それよりも仕事の話だと机の上に乱雑に置かれたお菓子を一気に端へ寄せる。

「とりあえず仕事の話だ。眠けりゃこれが終わってから適当に寝ればいい」

「うん……」

確かに眠かったが、頭は回転しているとお菓子と一緒に端へ寄らされたティッシュを取り、手と口を拭いて近くのゴミ箱へ捨てる。
ミルキは慣れた手付きでその電子機器を扱っていたが、シュニは一体何がどうなっているのかわからないとでもいった風にそんなミルキの手元を見ていた。

「まず、"緋の眼"についてだ」

その言葉と共に、画面上に見覚えのある"2つの目玉"が現れる。

「こいつは一時期話題にもなったし、裏のコレクターの間じゃ有名なもんだからそう時間はかからなかった」

昔よりも文字を読むのには慣れていたが、ミルキが説明をしてくれたほうが早いだろうとシュニは緋色の瞳から目を逸らす。

「"緋の眼"は世界七大美色の1つにい数えられててな。闇市場じゃ美術品として高値で売買されてることがある。まあそれも今じゃ全く見なくなったがな―――なんせ持ち主であるクルタ族は滅んでて、しかも噂じゃ感情が高ぶらないと緋の色はコレクターたちの喜ぶような色にはならない」

この写真に写っているのよりも高値で売買されるものがある、とミルキは淡々と説明していく。
"クルタ族"という初めて耳にする名に、シュニはミルキの言葉のどこから拾っていこうかと少し考えた。
世界七大美色。闇市場。裏のコレクター。感情の高ぶり。
いや―――今知りたいのは、それらよりも。

「クルタ族が"滅んだ"……っていうのは」

「確かに"緋の眼"はクルタ族のものだ。だけど普段は茶色に近い色の眼をしてて、そこらへんの奴らとたいした差はない。さっきも言ったとおり、感情が高ぶると綺麗な緋色になるわけだが―――これは"喜び"や"楽しさ"っていうよりは"怒り"や"悲しみ"の感情のほうだ。そういうこともあって綺麗な緋色の"眼"ってのは稀少で―――なんせ普通の死体から取るんじゃただの茶色だ―――元々多いほうでもなかったクルタ族は惨殺されて目をくり抜かれ、滅んだのさ」

「………そういうこと」

誰かを殺し、それに対し怒りや悲しみをもった者を殺し、それが連鎖し―――やがてゼロになった。
想像はしていなかったがあまり納得いかない話でもない。しかし、滅んでしまっているのなら彼らに会いに行くという選択肢はなくなった、とシュニは静かに息を吐く。

「………訊かないのか?」

「え?」

ミルキの言葉に、シュニは一瞬思考を停止させた。
そして瞬間、自分の脳が眠気のあまりいつものように働いていないのではないかと数秒前の自分に心の中で舌打ちをする。
そうだ―――自分は訊かなくてはいけなかったのだ。
そうでなくては――――まるで、クルタ族を"滅ぼしたのが誰かを知っている"ようではないか。

「いや……そうだね。ちょっとびっくりして」

「ふぅん…まあいいけど」

「で、一体誰なの?そのクルタ族を滅ぼしたのって」

ミルキがそれに気付いているのかは知らないが、どうもそれ以上踏み込もうとはしていなかった。
これが仕事だからなのか、それともこれに興味がないからなのか、シュニにそんなことはわからなかったが、今この場合はその対応が助かるとあまりそこへは触れないようにする。

「幻影旅団」

「、」え?

シュニは、自分の口から声が出たかどうかすらわからなかった。
聞き間違いではないかと、いつか聞いたことのある単語を繋げた四文字に、シュニは目を丸くする。
―――思考が、追いつかない。

「まあ、"その可能性が高い"ってだけで確定じゃないんだけどな。もっと深いところまで入れれば、詳しくわかるんだが」

ミルキが言っているのはシュニの持つ"ハンターライセンス"のことだろう。
しかし―――シュニは今、それどころではなかった。
どうして今、目の前のミルキの口からその四文字が出てきたのかを理解出来ておらず、その口元にいつの間にか自身の右手が触れていた。

「……どうかしたか?」

先程とはどう見ても様子が違うシュニに、ミルキが首を傾げる。
シュニの目には動揺の色が浮かんでいたが、そんな自分にミルキの言葉で気付かされると慌てて平静さを取り戻す。

「幻影…旅団が、なんで"緋の眼"を?」

「知らないのか?奴らは殺しもやる盗賊だぞ。どこかの一族を滅ぼすことくらい、やってても別に驚きはしない」

"繋ぎ"のためにミルキへ質問したものの、シュニはその問いの答えについてはどうでも良かった。
予想していたものと―――想定していたものと、あまりにも違う、そしてまさか聞くとは思っていなかったその言葉を聞かされて、シュニは思考回路の混乱を止めることが出来ないでいた。
幻影旅団が―――"緋の眼"を?つまり、それは――――

「おい、聞いてるのか?」

「!」

少し大きめの声に、シュニは慌てたように顔を上げる。
普段からその表情は不機嫌そうだったが、今は眉間に皺がこれでもかというくらいに寄っていて、明らかに"機嫌が良さそう"ではなかった。

「常に殺気がだだ漏れなのは別に俺は気にしないけど、あんまり制御できてないようじゃいつか面倒なことになるぞ」

「あ……………」

その眉間の皺の理由は自分かと、遅れて気付いたシュニは慌てて頭を冷やす。
と、いうか。

「ミルキ、気にしてないんだ?」

「あ?別に、殺気くらいじゃ気が散るわけでもないし」

なんだか面倒見が良い、という言葉を口にしようとして、シュニは慌てて飲み込んだ。
現金のこともあったのだ、あまり彼を怒らせて仕事を断られても困る。
それに、"面倒なこと"なら、既に何回か起きている。

「心配だっつうなら俺がお前のライセンスを使うところを見てればいい。というか、そのためにここに泊まってるんだからな」

「あー…そのことなんだけど」

シュニは未だまとまらない思考を無理矢理切り替え、眉を八の字に曲げた。

「"緋の眼"については、もういいや」

「……は?」

「あ、でも報酬は"調べた"ほうの金額で払うよ」

「いや…まあ、そっちがそう言うなら」

別に興味本意で調べているわけでもないし、仕事が減るならまあ良いだろうとミルキはシュニの切り替えについて疑問は持ったが口にはせず、再び機械の画面に触れた。
ただハンターライセンスを使える機会が1つ減ったことには少し残念がっている様子だった。

「お前、携帯とかは持ってないの?」

「え?あー…無いかな」

シュニは嘘をついた。否、"ここで使えるような携帯がない"という意味では嘘ではないだろう、と罪悪感の欠片も無い苦笑いをミルキへ向ける。
しかしどうやらミルキはシュニの答えが想定内だったようで(自分の口座も持っていないのだ。そうであってもおかしくはないだろう)、ため息をつくこともなくシュニへ今自分が持っている機械を差し出した。

「"緋の眼"について調べたデータはここに入ってる。まだ泊まってくんだろ?その間にでも読んでおけばいい」

「…………………」

弟がいるからだろうか。やはり面倒見が良いと、シュニは機械を受け取りながら心の中で頷いた。
ミルキはそんなシュニに勘付いたのか少し怪訝そうな表情を浮かべていたが、流石に何を思っているのかはわからなかったようでそれ以上追及しようとはしない。

「で、本題はもう1つの方だな」

「……………………」

シュニはミルキに"2つ"、調べ物を頼んだ。
1つは"物"―――滅んだクルタ族の、"緋の眼"について。
そして、もう1つは"人"―――どちらかといえば、欲しかった直接的な情報はこちらのほうだ。
それを事前にミルキにも言ってあり、恐らくミルキもやれるだけのことはやったのだろう。
シュニは"緋の眼"の写真が映し出されている機械を机の上に置くと、ミルキの言葉を待った。


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