03
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青筋を浮かべる執事を目の前にして、シュニは苦笑いを浮かべていた。
何をそんなに怒っているのだろうかと少し考えるが答えはでない。
もしかして忙しいときにお邪魔してしまったのだろうか、と執事の後をついていく。
「1人で来たのか?」
「え?うん、そうだけど…」
連れ人がミケに食べられたわけでもない。
バスから降りてあの門の前に残ったのはシュニ1人だけであったし、それから随分と門の前で立ち尽くしていたのだがあの守衛以外は誰も現れなかった。
一体どういう意味でそういう質問をしたのだろう、とシュニはゴトーを見上げる。
「誰か他に客が来たの?」
「……いや。あれは客じゃない」
客じゃないということは、既に排除し終わったところだろうか。
"試しの門"と言われるあれを開けたところで、許可を貰っている人物でないとその先に進めてもらえないということだろう。
ふと、辺りの景色を見渡す。
「あれ?こっち、屋敷に続く道じゃないよね」
「黙ってついて来い」
確かに似たような木々が並ぶ山道ではあるが、屋敷までの道は覚えている。
途中までは確かにその道を辿っていたのだけれども、どうやらゴトーは違う場所にシュニをつれて行きたいらしい。
シュニも勝手に屋敷へ行こうとは思わなかったため、仕方なくゴトーについていくことにした。
「……ここは?」
「俺達執事用の住まいだ」
彼らの主人が住む屋敷よりも少しくらい小さい屋敷。
その入り口の前には6人ほどの執事が立っており、全員ゴトーと同じような格好をしている。
シュニがゴトーの後ろについて彼らに近付くと全く同じタイミングと角度でこちらへ頭を下げるものだから、シュニはその感動に声を零しそうになった。
「今は少し状況が立て込んでてな。屋敷へ直接行かせるわけにはいかない」
「立て込んでる?」
「入れ」
言葉は乱暴だが、ゴトーの動作は酷く洗練されていて、シュニは彼も立派な執事であるということを再認識する。
ゴトーが開けてくれた扉から屋敷の中に入り、辺りをぐるぐると見回した。
「で?今回は何の用だ?」
シュニは案内されたソファに座り、ゴトーと向かい合う。
相変わらず苛立っているのは変わらないようで、今にもこちらへコインを投げてきそうだった。
「うーん、ちょっと頼みたいことがあって」
「仕事の依頼か?」
お前が?とでも続きそうなゴトーの意外そうな表情に、シュニは笑いを零しそうになったがなにが彼の怒りに触れるかわからなかったので我慢する。
「だからまあ、屋敷の中にいる人に用事があるんだけど」
「イルミ様ならご不在中だ」
「え?いや、イルミにじゃなくて…あ、イルミに私がここにきたことは内緒にしてね?」
「約束は出来ない」
仕事中であろうイルミの不在を狙ったのだ、後から知られてしまっても面倒である。
ただ家族だとしても仕事内容をペラペラとバラすようなことはしないだろう。暗殺家業は趣味ではなく立派なビジネスだ。
「そうか。なら話を通してやる。ただし、」
シュニの頬を、何かが掠める。
しかしシュニは動じていない。ゴトーも、その右手以外は動かしていなかった。
「その殺気をしまえ。何度言わせる気だ」
シュニの背後の壁に、ゴトーが弾いたコインが突き刺さっている。
シュニの頬から血はでなかったが、もしあと少し左にずれていたら確実にシュニの頬は抉れていただろう。
当たらないことがわかっていたのか、シュニは静かな笑みを浮かべたままゴトーを見つめている。
「本来ならこんなに簡単に中へ通すことはしないが、その殺気でお前本人だとすぐわかるからな…。ただ、ここは普通の"主人"と"執事"がいる場所じゃない。鬱陶しいその殺気を、今すぐにしまえ」
それは警告か。
シュニは静かに息を吐く。
「そんなこと言われても先にピリピリしてたのはそっちだよ?」
「………………………」
前とは違う、ゴトーの苛立ち。
一体何があったのかとシュニは疑問に思うが、恐らく先程の"客じゃない人物"のせいなのだろうと勝手に予測する。
だとしたら、まだその人物を排除できていないのだろう。
その苛立ちとゴトーから漏れる殺気にあてられたシュニが殺気を出してしまうのは仕方のないこと。
それに対し更にゴトーが苛立つので、負の連鎖とも言える。
「……わかった。とにかく屋敷に連絡をつけるから、ここで静かにしてろ」
何か言われるかと思ったが、ゴトーは眼鏡の位置を直すと立ち上がりどこかへ消えて行った。