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「プレート…だと……?」
「忘れたの?これはハンター試験なんだよ」
ゆらゆらと揺れる液体を見つめ、シュニは視線をクラピカへ戻した。
「レオリオの命か自分のプレートかを選ぶだけ」
どうする?、とシュニは何でもないように疑問を口にする。
今日着る服を選ぶ方がまだ感情を込めるだろう。
クラピカの時が止まる。
自分には果たすべき目的があり、そのためならばどんな犠牲も厭わないつもりだった。
しかし―――違うのだ。
犠牲となるべきは希望だとか未来だとかそういった自分の所有物であり、他人のもののはずがない。
「…オレのプレートをあげるよ」
「それだと点数が足りない。私の標的は404番」
ゴンが自分のプレートを差し出そうとするが、シュニは首を横に振った。
レオリオもゴン同様自分が持っているプレートを渡そうとしたが、この様子では受け取って貰えないだろう。
そう考え、ゴンは即座に思考を切り替えた。
「なあっ、」
「君の動きは一回見てるから。それに、あんまり暴れるとこれ地面に落としちゃうよ」
ゴンの動きは迅速だった。それでも、シュニには遠く及ばなかった。
シュニはゴンの動きを軽く避け、その拍子に蛇の攻撃領域へ入ったが、蛇に咬まれてもシュニはなんともない。
一体どういうことだと見上げるゴンたちの後ろで、ポンズが小さく口を開いた。
「あなた……蛇の毒が効かないの?」
「みたいだね」
ポンズの言葉にも、シュニはどうでもいいといった風に頷く。
こんなものは裏世界では日常的だったし、感染血統奇野師団なんていう危ない連中もいるくらいだ。
しかしこの世界では―――少なくとも彼らの常識の範囲ではそんなことはあり得ないらしい。
本当は隠しておきたかったのだけど、とシュニは蛇の攻撃範囲の外へ出る。
「で、どうする?」
シュニの質問が、クラピカの目を射抜く。
「……その解毒薬が本物という証拠は?」
「無いよ。私に使っても効果無いし」
「何故私のプレートなんだ」
「さっきも言ったけどそれは私にとって3点分のプレートだから」
「どうして貴様には蛇の毒が効かない?」
「ただ耐性があるってだけだよ」
蛇の毒自体は本物、とシュニは既に死んでいる男を見下ろした。
「…プレートを……渡すな。クラピカ」
「!しかし、」
反論しようとしたクラピカが言葉に詰まった。レオリオの表情は毒で苦しんでいるとはいえクラピカのことを考えていた。自分の目的があると。そう話をしたときのことを思い出しているのか、その瞳は真っ直ぐクラピカを見つめていた。
それほどまでにレオリオは真剣だったし、クラピカはシュニの質問に即座に反応出来ない自分が情けなくて仕方が無かった。
友人の命か自分の目的か?そんなものは決まっている。
「クラピカ………」
ゴンが小さくクラピカの名を呼ぶ。
「…なるほどな。それで私達から離れなかったのか」
「まあ、どうやってプレートを奪おうか考えてる最中だったけどね」
クラピカは立ち上がり、ゆっくりシュニへと近付いて行った。
シュニはクラピカを観察していても警戒はしていない。
そこまで自分の力に自信があるのか、それとも警戒する必要は無いと思っているのか。
「レオリオ。私ももう一度言わせてもらう」
クラピカは404と書かれたプレートを取り出し、シュニへ手を伸ばした。
「同盟は破棄しない」
「クラピカ!!」
ぐっ、と身体に力を入れた反動で痛みがぶり返したレオリオが呻く。
シュニはじっとクラピカが差し出しているプレートを見下ろしていたが、ゆっくりとそれを受け取るともう一つの手に持っていた解毒薬をクラピカへ渡した。
「……本当に渡すとはな」
そうクラピカは言葉を零したが、シュニの反応を待つ前に急いでレオリオの元へと戻って行く。
シュニは手元に残った404と書かれたプレートをポケットへしまう。
毒蛇に咬まれてからかなり時間が経過していたのだろう。レオリオは酷く苦しそうで、シュニが苦しんでいないのは(あり得ないことだが)蛇達がレオリオへ毒を全て使いきっていないからなのでは、などと的外れな考えをポンズは静かにしていた。
毒蛇と共に、そして自分のプレートを狙っているレオリオとその仲間と共にいるというのに、ポンズはそんな思考をするくらいには冷静だった。
余裕があるわけではなかったが、ポンズは既にハンター試験を諦めていた。
それでいて、ここにいる誰もがこの4次試験をクリアすることは不可能だと知っていた。
「効いたようだ」
レオリオはすっかり意識を失っていたが、呼吸もよくなり熱も下がっている。
クラピカはスッと立ち上がるとシュニの方へ歩いて行った。
何事かとゴンとポンズはクラピカを視線だけで追うが、クラピカはシュニの目の前に行くまで足を止めることは無い。
「腕を出せ」
「…?」
「毒が効かないとはいえ一応打っておいたほうがいいだろう。私に注射されたくないというなら自分でやればいい」
ここに置いておく、とクラピカはシュニの足元に解毒薬が入った瓶と注射器をそっと置いた。
シュニはしばらくその瓶を見下ろしていたが、手に取ろうとはしなかった。
「ねェ…催眠ガスってまだ持ってる?」
そう、口を開いたのはゴン。
「…?あるけど?」
ポンズが首を傾げ、ゴンの質問に答えた。
「バーボンのプレートと交換しない?これがあればキミも6点分たまるんでしょ?」
「……でもバーボンのプレートは」
チラリ、とポンズは視線をゴンからバーボンへ動かす。
バーボンからプレートを奪えるなら奪っていた。しかし、先程も言った通り、そして見たとおり、彼に触ればおびただしい数の蛇が襲ってくるのだ。
取れるはずもない、とゴンに視線を戻す。
「400番さん、バーボンのプレート持ってるんでしょ?」
「………………………」
ポンズとは反対側の壁に寄りかかっていたシュニを、ゴンは振り返った。
その信じて疑わない余裕の笑みに、シュニは困ったように天井を見上げたあとポケットから103と書かれたプレートを取り出す。
先程解毒薬を探す際に一緒に取っておいたのだが、ゴンにはバレていたようだ。
「毒が効かないとはいえ、あの大量の蛇に咬まれるなんて嫌でしょ?それに、点数は揃ってるんだからさ」
「……いいよ。このプレートはあなたにあげる」
ゴンの提案に、シュニは静かに頷いた。
その答えに納得したゴンは再びポンズへ向く。
「…確かに入り口付近から噴射するよりは格段に効くわよ。この場所なら5分あればガスが充満して、全ての蛇を眠らせることも可能だわ……でも5分よ!?本当にその間ずっと息をとめてるつもりなの!?」
「9分44秒。オレの最高記録だよ」
おいっちにさんし、とゴンは何故か準備体操を始めた。
シュニも壁に寄りかかるのをやめ、数歩レオリオたちへ近付く。
「400番さん、催眠ガスは平気?」
「どうだろう。ダメだったら私も外に連れてってくれる?」
「うん。信用して。必ずここから連れ出すよ」
そのことに関してはシュニは心配していなかった。
彼はきっと私をここから連れ出すだろう、と何となくではあるが信用していた。
しかし、きっとせっかく手にしたプレートは私が眠っている間に持って行ってしまうだろうとシュニはゴンの行動を予知する。
かといってどこかに隠せる場所も無いので、自分の体質に頼るしかない。
流石に5分以上息を止められる自信は無いな、とシュニも何故かゴンにつられて準備体操を始めた。
「!」
息を止めたゴンがポンズへ合図を出す。
と同時、催眠ガスが洞窟内を覆っていく。
シュニはその白い煙を見ながら、そういえば道連れといった感じの話だったな、なんてことを思い出していた。