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最初からその気ではなかったのか、という言葉をシュニは口にすることができなかった。
ヒソカから突然溢れ出る殺意は、まるで殺意をせき止めていたフタがぶっ壊れてしまったかのように、次から次へとシュニを襲う。
先ほどの殺意など、今のものに比べれば可愛いものだ。
シュニは殺意を、トランプを、攻撃をかわし、体勢を整え、殺意の塊であるようなその顔を見て、ゾッとする。
「(――――――殺人狂)」
その言葉がピタリと当てはまった。
自分たちのようなものとも違う。ただ、殺人を快楽として求める狂人。
『ボクが飽きるか君が死ぬか』―――だって?そんなの、
「(私を殺すまで、終わりそうにない)」
もしくは、シュニがヒソカを殺すまで。
「なっ、」
目の前にグンッ、と迫ったヒソカにシュニは怯む。
伸びてきた右手を逆に掴み、それを軸としてシュニは身体の向きを変えた。
シュニの手首付近にも勿論ナイフは隠されている。
その刃のせいでヒソカの右手も血が滴り落ちていたが、ヒソカは全く気にしていない。
それが余計にヒソカの不気味さを際立てるものだから、シュニは更に眉間に皺を寄せた。
「っ、ぅ」
ヒソカの殺意が、シュニの喉を掠める。
ヒュッと息を短く吐いたが、シュニの被り物が、ヒソカによって砕かれた。
シュニの顔が露になるが、初めの頃はこうだったのだ。今更素顔を見たところで驚くヒソカではない。
400番というプレートも、もうヒソカにとってはどうでも良かった。
集まる熱に、高ぶる心に、ヒソカは殺意を膨らませていく。
「クク、」
小さな笑い声に、シュニが止まった。
ヒソカも止まる。
それは確かにヒソカの笑い声であったが、ヒソカは失礼、とでもいうように口元に手をあて、シュニを見つめる。
「それ、今まで隠してたの?」
「……………?」
食事用のナイフなら種明かしをしたばかりだというのに、とシュニはヒソカの笑みの意味がわからず首を傾げた。
ヒソカの鋭い視線が、シュニを射抜く。
「―――殺気。隠せてないよ◆」
「っ!!」
シュニはヒソカの言葉にハッとなった。
ヒソカの膨大な殺意にあてられ、自分の中で制御出来なくなった殺気が、漏れ出している。
そのことに気をとられ、シュニはヒソカの目の色がかわったことに気付かない。
「イルミとか、今はどうでもいいや―――ボクは今、君と遊びたい」
「…私、トランプはババ抜きしかしないけど」
「今更とぼけるなんてナシだよ◆」
ゾッ、と殺人鬼の直感が、シュニを動かした。
銃弾すら回避する、殺人鬼の身体能力。
なのに、間に合わなかった。
どっ、と、不可視の衝撃が、シュニの眼前へと迫る。
瞬間、シュニは『自殺志願』を握ろうとして。
「、」?
声も無い。
ヒュッという、微かな音と共に、何かがシュニとヒソカの間を横切った。
それを見ていたシュニは理解する。少し遅れて、ヒソカも理解する。
お互い言葉も無く、殺意も無く、ほぼ同じタイミングでそちらを向いた。
「…………………………」
「…………………………」
「…………………………」
誰も、何も言わない。
酷く静かだった。
シュニとヒソカの視線の先には、一人の少年。
その少年の手には、釣竿と――――44と書かれたナンバープレート。
それを視界に入れて、ヒソカは自分の胸を。シュニは隣にいるヒソカを見た。
そして、再び視界の先にいた少年を視界に入れる。
先に動いたのは少年の方。
自分がヒソカからナンバープレートを奪ったことが信じられていないようだったが、状況を理解したのは少年の方が早かったらしい。
そのまま一瞬で踵を返し、ヒソカから逃げるように姿を消した。
「(ヒソカの殺気のせいで―――気付かなかった)」
ヒソカの殺気が強すぎたからではない。
恐らく、あの少年はヒソカの殺気に自分の殺気を紛れ込ませていた。
そのせいで、シュニも、少年のターゲットであるヒソカさえも、少年の殺気に気付かなかったのだ。
「…………追いかけなくていいの?」
先にそう口にしたのはシュニ。
ヒソカは未だ少年が去った方向を見つめていて、先ほどとは打って変わって無防備だった。
かといって殺す気にはならないな、といつのまにかかいていた額の汗を袖で拭う。
「そうだね。追いかけなきゃ」
「私のプレートは?いいの?」
「別にボクのターゲットじゃないし、今はそれどころじゃないから」
「そう…じゃ、そういうことで」
シュニは何の躊躇いもなくヒソカへ背を向けた。
向けたところで、ヒソカは既に自分への興味が無くなっているはずだ。殺しかかってきたりなどしないだろうと考え、しかしやはり不安だったのか、シュニは慎重に後ろを振り返る。
「……………………」
既にそこには誰もいなかった。