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見渡す限りの木々に、シュニははっきり言ってうんざりしていた。
自然が嫌いなわけではない。ただ、誰にも遭遇しないこの状況に飽き飽きしているのである。
気配を探るが、誰もいない。
一人、銃を持った男が死んでいるのを見たくらいで(勿論プレートは取られていた)特に変わった様子はなかった。

「(そんなに広い島でもないんだけどな…)」

動物にすら遭遇しないので、何か動物を狩って食事をすることもままならない。
火を焚くという行為は自然の中では一般的な動物避けに効果的であるが、この場合、敵に自分の居場所を教えるという致命的な結果を招いてしまう。
しかしそれくらいしなければ誰かに会わないかもしれないという焦りから、シュニはその選択肢も真剣に考えていた。
と、瞬間。

「――――――ッ、」

ゾクリ、と寒気が背中を走る。
一体何事かと振り返るが、勿論そこには誰もいない。
しかし、気のせいなどではない。
確実に何か―――自分にとって嫌なことが、起ころうとしている。もしくは、既に起きている。
そして、シュニはこういうときの勘が外れないことを知っていた。
足を止め、シュニは完全に進行方向とは逆の方へ向く。
何が来てもいいように。何が起きてもいいように。
万全とはいかないが、何もしないよりまマシだろうとでもいうように。
そして、シュニの心構えと身構えは、何の意味も成さないということを数秒後に思い知る。

「見ーつけた◆」

「!?」

どこから聞こえたのかもわからなかった。
軽い、それでいてどこか楽しそうなその声音に気を取られ、シュニは自分の頬を何かが掠めたことに気付くのが遅れる。
そして、その遅れは、致命的なものとなり。

「やあ。久しぶりだね。400番」

そう言って語尾にハートを浮かべる男がシュニの番号を口にしたときには、既に行動は終わっていた。
シュニは気が付いたときには近くの木に叩きつけられ、その衝撃で内臓がやられたのか口からは血がこぼれていて、あまりの衝撃に身体がいうことをきかなくなっていた。
一体何が、とそのかぶり物の下で目線を上へあげてみれば、シュニの視界に楽しそうな笑みを浮かべる男が視界に入る。

「(44番…………)」

ゲフッ、と血が再びこみあげてくる。
それを我慢することもせず、シュニは服が汚れることもお構いなしに吐き出した。

「ボクはヒソカ。よろしくね」

そう自己紹介をする44番に、シュニは状況を理解しようとクラクラする頭で考える。
しかし、こんな状況で考える必要もないだろうとその4が2つ書かれたプレートを視界に入れた。
おそらく―――彼のターゲットが私の番号。
そうでなければ、強くもない自分に攻撃をわざわざ仕掛けてくるはずもないと、シュニはヒソカと会話をしたのは初めてだというのに既にヒソカの人間性を理解していた。

「まあ、通り魔にあったとでも思えばいいか…」

「?」

「今日は運が悪かったってこと」

むしろ301番が相手でなかったことを喜ばなくては、と身体の支配権が戻ってきたシュニはゆっくりと立ち上がる。
手の感覚も足の感覚も戻ってきた。
というより何故ヒソカは自分と悠長に会話なんてものをしているのだろうかと首を傾げたくなる。

「で、一応訊くけど何か用?」

「へえ。君、喋るんだね。無口なのかと思ってたよ。名前は?」

「……………………」

シュニの質問など無かったかのように話を続けるヒソカに、シュニは眉をひそめた。

「えっと、私のプレートが欲しいの?」

「まあ、それもあるけど」

そんなことは二の次だとでも言いたげなヒソカにシュニは今度こそ首を傾げる。
飄々として掴みどころのない人間などいくらでも見てきたが、彼は違う。そうではない。
何か目的があって、何か理由があって、私を襲っている。―――殺そうとしている。
あふれ出る殺意に触れないよう一歩下がったところで、殺意は既にそこらじゅうに蔓延していた。

「試したいのさ君を」

「試す?」

「そう。試験官ごっこ◆」

瞬間、シュニは勘だけで横へ跳躍した。
そしてその勘は正しかったことに先ほどまで立っていた地面を見て確認するが、そうしている間にも次がやってくる。
シュニへと投げられたのは、3次試験の待ち時間中にヒソカが遊んでいたであろうトランプ。
しかしその威力はシュニの予想以上で、掠っただけで腕から血が勢いよく噴出した。

「うん。まず1次試験クリア」

「その試験って何次まであるの?」

「ボクが飽きるか君が死ぬまで」

「………前者だといいな」

シュニはヒソカの殺意に触れる。
酷く冷たく、息が詰まりそうなそれに、シュニは自分の中の殺意を持てあます。
しかし瞬間、これがハンター試験であることを思い出した。
―――ネテロもいる。バレていない可能性はかなり低かったが、それでも。むしろ、だからこそ、シュニは殺意を抑え込むように転がす。
先ほどシュニを木に叩きつけたヒソカの足がこちらへ伸びる。
シュニはそれを屈んで避け、ヒソカの後ろに周ると持っていた食事用のナイフを振り上げた。
これは飛行船で食事をしていたときに拝借してきたものであるが、切れ味があろうとなかろうと、シュニが今使おうとしている武器はこれだけである。
ヒソカは勿論避けた。しかし、それでいいとシュニは急激に方向転換をした。

「へえ、」

ヒソカも予想していなかった動き。
それに翻弄されると思われたが―――しかし。そんなことで動揺するヒソカではない。
すぐさまシュニの動きに対応し、シュニの手に持った食事用のシルバーナイフを地面へ叩き落した。

「うーん、まあ2次試験はギリギリクリアかな」

まだ飽きないのか、とシュニは地面に落ちたナイフを見降ろしながらヒソカの言葉にため息をつきたくなる。
しかしそんな暇はない。
先ほどよりもスピードを増したヒソカの攻撃に、シュニは当たらないとはいうものの完全に避けきれてはいなかった。
そして、ヒソカがシュニの右腕を握った瞬間、赤が散る。

「……………………◆」

先に動きを止めたのはヒソカ。
自身の左手から滴り落ちる赤い滴を見て、沈黙している。
シュニの右腕を掴んだ瞬間、怪我を負ったのはシュニではなくヒソカのほうだった。
左の手の平の滅茶苦茶な切り傷に、ヒソカはそのまま視線をシュニの右腕へ戻す。
シュニの右腕は無事。先ほどの攻撃でのかすり傷はあるが、酷い重傷を負っているわけではなさそうだ。

「君、そのナイフ、一体いくつ盗んだの?」

「数えてないけど、とりあえずあるだけ貰ってきた」

カランカラン、と地面にナイフが5本ほど落下する。
その刃先には真っ赤な血がついており、ヒソカの左手を傷つけたのがそれであると証明していた。
シュニの右腕―――だけではない。
服で隠れている個所全てに、シュニはナイフを隠し持っていた。
勿論、他人が触れれば、ヒソカの左手のようにただでは済まない。
むしろ食事用のナイフだったからこそ左手は形を保っていられるわけで、これがカミソリや本当のナイフだとしたら、ヒソカの左手は既に使い物にならなくなっていただろう。
ヒソカは先ほどシュニを木に叩きつけたことを思い出す。
あのような不意打ちだったにも関わらず、シュニは服の下のナイフの刃でダメージを受けることは一切なかった。

「へえ……………」

ヒソカの顔に、薄い笑みが戻る。

「イルミが気にかける理由がわかった気がするよ」

ぺロリ、とヒソカは自分の左手から滴る血を舐めとった。
しかし、そのあとに開かれるであろうシュニの口が一向に開かれないので、何事だろうと視線を左手からそちらへ向ける。
そこにはヒソカが予想していない、不満と驚きが入り混じったような表情を浮かべるシュニがいた。

「……?」

ヒソカは自分の左手から滴る血も気にせず、どうかしたのだろうかと首を傾げる。
そして、その疑問は、シュニの次の一言で解決する。それと共に、ヒソカは自分がした失態を理解することになる。

「待って…―――もしかして、イルミがここにいるの?」

「!」

ヒソカはシュニの言葉に反応を示してしまった。
そして、それだけでシュニにとって十分なことも悟ってしまった。

「でも、イルミの気配も、姿も見てないし、3次試験だって…」

「ああ…ボクとしたことが◆」

ヒソカはシュニの動揺も気にせず、至極残念そうに項垂れる。
イルミはシュニのことを知っているようだった。だからこそ、シュニもイルミのことを知っているとヒソカは思っていた。
それは勿論、"ハンター試験に参加している"ということも含まれている。
だからこそ変装をといても呼ばなかった彼の名を、こうして口にしたというのに。

「どうしようかなあ……」

ヒソカは珍しく困惑していた。
イルミとはいずれ戦いたいと思っている。しかし、楽しみにとっておきたいイルミとの戦いを、こんなところでしてしまうのは避けたい。
かといって、青い果実に近いシュニをここで殺してしまうのも気が引ける。今生かしておけば、あとでとんでもなく化けるかもしれない、とヒソカはイルミとシュニを天秤にかけていた。
というのも、イルミは自身の存在を知られないためにああしてギタラクルに変装していた。一番は弟であるキルアにということだろうが、シュニもそうでないとは言い切れない。
だというのにヒソカは『イルミがこのハンター試験を受けている』という情報をシュニに渡してしまった。
それを知ったイルミの怒りを買うことは明らかだったし、間接的にキルアにバレてしまえばそれこそ彼は容赦などしないだろう。
それでもいい。むしろそれがいいのだが、しかし、ヒソカはイルミとの望んだ戦いをこんなところで実現したくはなかった。
よって、ヒソカが出した結論は。

「悪いけど、君には死んでもらうことにしよう◆」


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